第5回
公平な社会を作るバカ息子(娘も)

お知らせ

 この回の内容は、『反社会学講座』(ちくま文庫版)で加筆修正されています。引用などをする際は、できるだけ文庫版を参照してください。

●持つべきものは、金持ちの親

 前回の講義で、日本では土地を持つものと持たざるものとの間に、見過ごすことのできない格差があることが、おわかりいただけたかと思います。もちろんみなさん、そんなことは先刻ご承知なわけです。その上でダメ押しをしましょう。意地悪なんですね、私は。

 『統計でみる日本2000』には、40代前半の平均的勤労者が購入できる一戸建て住宅価格の国際比較が載っています(1996年のデータ)。日本では年収の5.94倍。交通の便を考えて首都圏の分譲マンションにしたとしても、5.03倍ですから、たいした差はないのです。一方、イギリスは3.39倍で、アメリカは3.30倍。日本人はマイホームのためだけにまるまる二、三年、余分に働かねばならないのです。しかも敷地面積では、アメリカは日本の1.5倍です。狭くて高い日本の家。テレビでニュースを見るとわかりますが、法外な利息をとる金貸しや、借金棒引きを迫ったり保険金殺人をやったり財団法人を私物化する社長さんは、おしなべて豪邸に住んでいます。日本ではまともなことをやってては豪邸は建たないのです。

 みなさんの労働意欲が減退したところで、前回に引き続き、住宅・土地統計調査です。現住居以外の宅地などの取得方法で最も多いのは、「相続・贈与」の44%なのです。要するに、金づるである賃貸用アパートやマンションのじつに半分近くが、親の遺産だったわけです。どう考えても金持ちの子弟は有利であり、不公平ですね。

 会社に行くのが嫌になってきたところで、さらに追加です。住宅取得資金の贈与には、特別に税の軽減が認められます。みなさんの中で、もしかして、年収が1442万円以下の人がいたら、手を上げてください。なんて、ちょっとイヤミですね。それ以上の給与所得があるサラリーマンなんて、全体の3%に満たないので、ほぼ全員でしょう。そういうみなさんが、親から住宅購入のための資金をもらっても、550万円まで贈与税がかかりません。この限度額、平成12年までは300万円でした。建設省は大蔵省(いずれも当時)に対して、非課税限度額を1000万円に引き上げろと迫ったのですが、550万で手を打ったようです。とはいえ、妻と夫、両方に親はいるのですから、550万円ずつもらえば、1100万円が非課税です。

 いやはや、持つべきものは、金持ちの親ですね。金持ちのこどもはとことん有利です。親のカネで家が建ちます。なんて不公平なんでしょう。不思議なことに、「私は自立した大人だ」と胸を張る人も、いざ親の遺産となると、ニコニコしてふところにおさめるのです。「私は自立しているから遺産は放棄する」なんて宣言した人は、いまだかつて見たことがありません。親の遺産を借金が上回る場合は、このかぎりではありませんが。


●こんなにいるぞ、世襲議員と二代目社長

 衆議院議員の25%が、いわゆるところの世襲議員、つまり、親も議員だった人なのです(2000年10月現在)。毎日新聞の調べによりますと、全国の都道府県議会議員では14%、政令指定市議会では13%が、親子代々、もしくは親子孫三代にわたって議員をしているのです。東京、大阪、名古屋、千葉などの都市部では、この割合は衆議院と同等の20%台に跳ね上がります。

 世襲はなにも、政治家だけにかぎりません。通産省の『総合経営力指標 製造業編・小売業編』で、企業の社長の実態も明らかになります。平成6年、一部上場、二部上場の488社中、二代目社長は111人。23%が世襲社長だったのです。

 世襲の君主は先祖伝来の統治形態を等閑にしないだけでよく、あとは予測できない変事に対してはただ適当に時をかせいでいればよい。
──マキアヴェッリ『君主論』(河島英昭訳)

 再販制度に守られているはずの日本の書籍は、三年もすれば、ほとんどが絶版になってしまいます。それなのに、日本でいえば室町時代に書かれた本が、いまだに生きながらえ新訳で出版されている事実からして、マキアヴェッリの言葉には時代を超えた真実が含まれているとみてよさそうです。だとすれば、世襲議員が政治改革などするわけない、ということが証明されたわけです。二代目社長も、市場や経済を取り巻く状況が変革期に入った現在、あまりあてにはできません。適当に時をかせいでいる間に沈没しかねませんから。

 他にも周囲を見渡せば、世襲の例はいくらでも見つかります。医者などは、広く世間の認めるところでしょうし、芸能人にも親の七光りと揶揄されてる人がたくさんいます。親子代々東大出身という例も耳にします。世襲東大生です。実際、東大生や予備校教師の話では、刻苦勉励して東大に入るというのはあまりないそうです。こどもの頃から頭が良くて勉強のできる子が、危なげなく東大に進学するのが一般的なのです。もう一段上の学問の世界でも、親子ともども大学教授なんてのは、それほど珍しいことではありません。佐藤俊樹さんは、一見不可能に思える、企業のホワイトカラー管理職まで世襲の傾向にあることを証明しています。


●見えない相続

 アメリカなどでは、すでに人間の精子までが売り買いの対象になります。優秀なビジネスマンや医師、弁護士といった人たちなら、自分の精子を高く売ることができるのです。逆にいえば、そういうのを求めて人工授精し、優秀なこどもを生みたいと願う女性もたくさんいるから、そういうビジネスが成り立つのです。

 このビジネスに関しては、様々な意見があります。支持する人、眉をひそめる人、どちらでもかまいませんが、それはいずれも感情面から出た意見です。どういうわけか、このシステムそのものの有効性を疑う意見は聞こえてきません。ということは、誰もが、才能が遺伝することをこれっぽっちも疑っていないわけです。有名プロ野球選手の息子がどれもあまりパッとしないなんて事実には、みなさん目をつぶってらっしゃる。

 遺伝子的に生まれつきの才能があるならば、それは相続です。ある女の子が、母親から、かわいい顔と大きなおっぱいの遺伝子を相続したとしましょう。その生まれつきの才能を活かしてタレントやグラビアアイドルになり、高収入を得ることが可能です。そういった才能を相続しなかった女の子が地味なOLになるのとでは、収入が何倍も違います。

 だったら、がんばってキャリアウーマンになればいい、などと無責任なことをいうのは誰ですか。サラリーマンとして出世するのも才能のうちなんですよ。音楽や文学で身を立てようと頑張ったけど自分の才能のなさに気づき、夢をあきらめてサラリーマンになる、なんてパターンがありますが、これは失礼な話です。なんだか、サラリーマンにはなんの才能も必要ないみたいないわれようじゃないですか。サラリーマンこそ、一流になるには才能が必要なのです。

 努力すればなんとかなるというのは、たまたま頭がよく生まれついた人の勝手ないいぐさです。顔も胸も頭も優秀なものを相続しなかった女性はたくさんいるのです。これは不公平だといえましょう。

 体が丈夫かどうかも、遺伝的才能です。たまたま丈夫に生まれついた人にかぎって、「カゼなんかひくのは、自己管理ができてない、たるんでる証拠だ」なんて理不尽なことをいいがちです。虚弱体質に生まれついた人は、人一倍健康に気をつけねばならないのですから、不公平です。というよりですね、社員一人が急にカゼで休んだくらいで業務に支障をきたすようでは、危機管理ができていないダメ会社だと公言しているようなものです。賢い投資家は、こういう会社には投資しません。

 先ほど、企業の二代目社長の例を出しましたが、ここにはもうひとつ、見えない相続が含まれているのです。それは、知識・ノウハウの相続です。

 だいたい、ダメな人ほど「将来は独立して小さな店を持ちたい」と夢見ているものです。しかし、それを実現できる人はわずかです。それ以前に、実現しようと行動を起こす人が少ないのです。具体的に店を始めることを考えたら、店舗物件の借り方、内装の手配、仕入れのルート、経理とか税金のことなど、途方に暮れてしまうわけでして、考えるだけで面倒くさくて「やーめた」と投げ出すから、やっぱりダメな人。

 でも若くして飲食店などを経営してる人はいます。商才があるのかと思いきや、なんのことはない、実家が商店や飲食店の経営者であることが多いのです。たとえ開店資金は自分で働いて貯めたとしても、こまごました商売のやり方を親に教えてもらえるというのは、サラリーマン家庭に産まれ育った人には考えられないアドバンテージです。これが、知識やノウハウの相続なのです。

 この相続には、金銭や不動産をはるかに上回る価値があります。でも、カタチのないものですから、これはあまり表面には浮上しませんし、相続されたかどうかを調べるのも困難ですから課税もできません。ダイエーの社長だった中内功さんも、実家は薬屋でした。流通革命を起こしたダイエーでさえ、無から産まれたのではなかったのです。(残念なことに、今はまた、無に帰りそうな勢いですが。)


●社会を公平にするカギは、バカ息子にあり

 ということで、相続から起こる不公平をすべてなくすことは、不可能だという結論に落ち着きます。たしかに目に見える財産だけは、相続税という名目で取り上げることができます。しかしこれは考えようによっては、政府による私有財産の合法的強奪です。遺産は不労所得だからいいのだ、とやっかみ半分におっしゃる方がいます。でも、その不労所得を取り上げるにあたって、政府はどんな努力をするんでしょうね。源泉徴収制度もそうなんですが、税金を自動的に吸い上げる仕組みは、収税吏が努力していないので、ある意味、政府の不労所得です。

 見えないものを公平にするには、どうすればよいのでしょうか。そこで、バカ息子やバカ娘の出番です。小原庄助さんは、朝寝朝酒朝湯が大好きで、身上つぶしました。落語にだって、『湯屋番』を代表とする若旦那ものの噺がいろいろあります。大店の若旦那が勘当されて、義理堅い知り合いの家に居候するという設定です。

 バカ息子は、日本の伝統なのです。商売などで立派に身を立てた親の子がまた優秀では、未来永劫その家系だけが繁栄し、不公平のままです。たまに出来の悪いこどもが現れて家が没落することで、よその家系にチャンスがまわってくるのです。バカ息子こそが、社会の公平を実現するカギなのです。

 最近では、ある女優の息子の一件が有名になりました。ワイドショーなどでは彼に対し、盛んに反省や社会復帰を求めていました。なんてことをするんですか。彼は一生遊んで食っていけるくらいの財産を相続するはずですから、そうしてもらうのが、社会全体の公平性を高めることにつながるのです。もし彼が更生し、役者になって頭角を現しでもしたら、彼はどんどん裕福になってしまいます。ですから一番の困り者は、身元を引き受けると買って出た劇団の座長です。そもそも、あの座長さんは、前衛演劇をやってたはずなのに、どうした心境の変化なのでしょうか。世間の常識を解体して、異質な世界を構築するのが前衛演劇なのです。真面目な人間にしたいのなら、サラリーマンミュージカルの劇団に入れるべきです。

 間違ってもバカ息子を更生させたりしてはいけません。金持ちの家にバカ息子がいたら、みんなでそいつを盛り立てて、親のカネを使わせるように仕向けなければなりません。それによって消費も拡大され、景気回復の道が開けるのです。


今回のまとめ

  • お金持ちの家に産まれると、親の財産でマイホームが買えます。
  • 議員と社長の約四分の1が世襲なのは、社会に重大な問題を及ぼします。
  • 実家が商店や飲食店なら、ノウハウをただで相続できて、起業にとても有利です。
  • バカ息子が増えれば、社会は公平になります。

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