第3回
満足ですかー!

お知らせ

 この回の内容は、『反社会学講座』(ちくま文庫版)で加筆修正されています。引用などをする際は、できるだけ文庫版を参照してください。

●補足・昭和50年代の少年犯罪

 前回は凶悪な少年と中年を反社会学の視点から考察しました。今回はその補足から始めます。 

 昭和30年代の荒廃した世相を抜け、急激に秩序を取り戻した40年代。そして50年代から平成の初頭にかけては、戦後最もこどもたちがおとなしかった時代でした。でもこう聞くとクビをひねる人も多いでしょう。

 昭和50年代の後半には校内暴力の増加が社会問題としてクローズアップされていました。横浜銀蠅が人気を博し、ツッパリがブームになったのも、この頃でした。それまでは、教師が生徒を殴るのが普通だったのが、ここから立場が逆転し始めたのです。

 青少年の反抗がブームや流行というのもおかしな話ですが、60年代の学生運動だって、結局はいっとき熱に浮かされたブームだったわけですから。その証拠に、学生運動家もツッパリも全員、ブームの終焉とともに「バカやってらんないしー」の言葉を残し、平凡なサラリーマンになっているのです。不思議なことに、こういった、ファッションで反抗を試みていた人たちというのは、就職すると見事なまでに体制に順応します。企業が社員に課す、人権侵害も甚だしい研修、軍隊式特訓、カルト宗教もどきの苦行を、嬉々としてやるのですから。

 さて、『犯罪白書』には「少年刑法犯の主要罪名別検挙人員」という資料があります。殺人、強盗、暴行、傷害、脅迫、恐喝、窃盗、詐欺、横領、強姦、強制わいせつ等、放火、の12種類に分類されています。ちょっと大きい表なので、ここには掲載しません。各自で『犯罪白書』を参照してください。

 前回はこの中から凶悪な犯罪だけを抜き出しました。再度この資料に目を凝らします。昭和50年代後半には、傷害と窃盗が大幅に増加していたのです。傷害は、前回チャンピオンの栄冠に輝いた昭和30年代にかないませんが、窃盗に関してはぶっちぎりで戦後最悪です。昭和58年に窃盗は最高の数字を記録しますが、この年、ミュージシャンの尾崎豊は『15の夜』を発表し、盗んだバイクで走ってなんたらかんたら(歌詞を正確に引用するとJASRACにお金を取られるので注意しましょう)、と歌いました。彼はまさに時代の空気を読んでいたわけです。

傷害・窃盗

 ここで脱線しますが、少年刑法犯に「横領」があることを説明しておきましょう。未成年が毎年2万件以上の横領事件を起こすのは、ベンチャー起業家の低年齢化が進んでいる証拠です――というのはもちろんウソで、これじつは、正式には占有離脱物横領といい、なんのことはない、放置自転車の乗り逃げなのです。


●若者の不満に耳を傾ける

 いつの時代も若者は、やり場のない怒りと不満を内に秘めている、と、青春小説や青春ドラマは教えてくれます。若者にとって最も身近な反抗の対象、それは親です。「大人はわかってくれないんだー」などと叫ぶのです。昭和50年代、強盗・殺人などの凶悪犯罪が影をひそめる一方で、ちょっとした傷害や窃盗が増加していたのもまた、若者の怒りの表明だったのです。荒れる若者、苦悩する両親。ドラマの題材としてはピッタリです。

 大人たちも手をこまぬいてばかりはいられません。統計の専門家集団が揃う総務庁が、早速動きます。総務庁青少年対策本部なる部署を創設しました。「対策」ですからね。はなっから若者はゴジラか病原菌のような悪者扱いです。ここが「世界青少年意識調査」を実施しました。日本・欧米・アジアに住む18〜24歳の若者を対象にしたものです。ここでは1993年の日本での調査結果を引き合いに出しましょう。
家庭生活の満足度
満足45.1%
やや満足35.8%
やや不満14.5%
不満3.3%

 先ほどの発言を取り消します。若者は親に対して、あまり不満を抱いてはいなかったようです。ドラマで描かれる荒れた家庭は、少数派だったのです。ではその少数派のみなさんに、不満の理由を訊ねてみましょう。
家庭生活に不満な理由
ただなんとなく29.8%
収入が少ない28.2%
親・夫・妻が理解しない27.7%
家庭内に争いごと26.1%

 ぼけっと眺めていると、どの理由も数字としてはどっこいどっこいに思えます。が、そこが落とし穴なのです。データはウソをつくのです。この結果を読み解く上で注意していただきたいのは、複数回答可という点です。だって合計すると100%を越えるでしょ? つまり、「収入が少ないことを妻になじられ、いつも争いが絶えない」から家庭生活に不満だという八方ふさがりな人もいます。

 しかし、「ただなんとなく」と回答した人は複数回答をしていません。そうでなければきちんとした理由があることになり、「なんとなく」ではなくなるから矛盾します(大丈夫ですか? このくらいの論理には、ついてきてくださいよ)。ということは、実質的には「ただなんとなく」不満な人がダントツ一位なのです。

 ドラマや小説がいかに荒唐無稽で現実とかけ離れているか、おわかりいただけたはずです。若者は「ただなんとなく」不満なだけなのです。

「お父さんには、アタシの気持ちなんて、わかんないのよー!」
「なに不自由なく育ててやったのに、いったい、何が不満なんだ、いってみなさい」
「……なにげに」
「もちっと、具体的にいってくれんかな」
「でもアタシは、45.1%は満足してるの」

 リアルではありますが、これでは瞬間視聴率も下がってしまいます。脚本家のみなさんには、これからもドラマチックなフィクションを書いていただきたいものです。とりあえず、社会学者にドラマを監修させることだけは、おやめになるのが賢明かと思われます。


●40代の心理を分析する

 凶悪な50代、なんとなく生きている20代の狭間にいる40代に、次はスポットを当ててみましょう。彼らは犯罪グラフで見ると、少年の凶悪度が急激に低下した時代に青春を過ごしています。わりといい人たちといえます。しかし40代といえば、働き盛りです。バリバリ働きます。あげくに過労死します。バタバタ死にます。彼らの人生をきちんと分析してあげなければ、いたたまれません。

 日本では、なんと18000種以上の雑誌が発行されているそうです。一般の書店で入手できるものだけでも4000種以上あります。それ以外はなんなのかといいますと、特定の業界内だけで読まれている業界誌であったり、総会屋さんからしか手に入らないレアな雑誌だったりと様々です。

 アンケートを取って、データを数量化して並べる、この作業にエクスタシーを感じるみなさんにうってつけの雑誌、それが『月刊世論調査』です。なにしろ、毎月毎月政府機関や公的機関が行ったいろいろな世論調査の結果と分析が掲載されるのです。こんな興味深い雑誌を、学者だけに独り占めさせておく手はありませんよね。

 平成10年3月号掲載の、総理府が1997年に行った「国民生活に関する意識調査」に注目しましょう。

 質問・あなたは、全体として、現在の生活にどの程度満足していますか。この中ではどうでしょうか。
[満足だ まあ満足している やや不満だ 不満だ どちらともいえない わからない]

 さっきのドラマのお父さんならずとも、もちっと具体的にいってくれんかな、と苦言を呈したくもなります。むやみに数字が増えるのもなんですから、「満足だ」と「まあ満足している」を合計した数字を、満足度としましょう。調査結果は男女別にもなっていますが、それもひとまとめにします。そうでないとフェミニズムの学者に男女差別だと叱られますので。比較対象として、20代の意見を併記します。
全体としての満足度
40代63%
20代73%

 「全体として」などという漠然とした項目には、たいした意味がありません。道を歩いているとき、いきなりアンケート用紙を渡されて、「全体として和菓子にどの程度満足していますか」と質問されても、どう答えていいものやら困ってしまいます。ですから、さっさと項目別の満足度に話題を移します。質問の形式は同じです。
所得・収入資産・貯蓄耐久消費財住生活レジャー・余暇生活
40代45.0%34.1%75.1%64.2%51.8%
20代47.8%32.9%72.4%68.4%67.0%

 がっかりです。せっかくはりきって表まで作成したのに、あまり際だった特徴が見られません。「全体として」のときは10%の差があったのに、項目別だと2%とか4%に落ち着いてしまいました。これでは誤差と見なされてしまいます。40代の人たちは、少なくとも経済的な面においては、若い人たちと同様の感じ方をしているようです。

 そこで俄然注目を集めるのが、「レジャー・余暇生活」です。これには15%もの大差がつきました。となると、40代と20代の満足度の差はここに絞られるわけです。まあ、これは当たり前といえば当たり前なのです。40代ともなれば一家の大黒柱、そして仕事上の立場でも中堅になっているわけでして、任される仕事の量も責任も多くて当然、ガキと違って、レジャーなどとしゃれている場合ではありません。

 ところで同じ調査の中に、「充実感を感じる時」はどんなときか、という設問があります。選択肢は、家族の団らん、ゆったり休養、友人と会う、趣味・スポーツなど様々です。そのうちのひとつ、「仕事に打ち込んでいるとき」の数字は以下の通りです。
仕事に打ち込んでいるとき充実感を感じる
40代41.6%
20代23.7%

 このくらいいつもきれいに結果が出てくれれば、研究者冥利につきるのですがねえ。そうです、40代のみなさんは、仕事が楽しくてしかたがないのです。

 さっきの満足度調査を思い出してください。レジャー・余暇に満足している人が51.8%でした。そして、仕事で充実感を感じる人は41.6%。合計、93.4%の人が、仕事か趣味のいずれかで満足しているわけですね。20代でも合計すれば90.7%です。

 人間、体はひとつですから、あれもこれもというわけには参りません。仕事か趣味のどっちかが充実していれば、それで満足すべきです。それなのに、「全体として」と質問すると、満足度は63%にまで下がってしまいます。

 50代を表すキーワードが「凶悪」、20代は「なにげに」。そして今回の世論調査分析から、40代は「あれもこれも」だと判明しました。(30代に関しても、おもしろい資料を見つけしだい報告します。)

 とはいえ、これは世代に関係なくすべての日本人の問題です。要するに、世間のみなさんの不満には、確固とした理由などないということです。自分のわがままゆえに「ただなんとなく」現状の生活に不満な日本人が多いのは重大な問題であり、危機意識の欠落に通じます。どうやら日本人は、もっと謙虚に生きなければいけないようです。


今回のまとめ

  • 日本人は「ただなんとなく」現状に不満です。
  • 世論調査の質問は想像以上に漠然としており、選択肢もわりと投げやりです。
  • 世論調査からは、有意義な結果は見えてきません。
  • 世論調査のでたらめな分析は、社会に重大な影響を及ぼします。

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