第20回
シェフの気まぐれ社会調査

お知らせ

 この回の内容は、『続・反社会学講座』(ちくま文庫版)で加筆修正されています。引用などをする際は、できるだけ文庫版を参照してください。

 ちょいとヤボ用がございまして、更新が滞っておりました。私はかねがね、イタリアン大学の日本文化研究科を卒業したと吹聴していたのですが、卒業証書が手元にありません。そこで、確認と自分探しとグルメの旅を満喫するためにイタリアに赴いたのです。すると、イタリアにはイタリアン大学は存在しないことが判明しました。いやぁ、ひと安心です。実在しない大学から、学歴詐称で訴えられるおそれはないからです。

 ちなみに、アメリカン大学はワシントンD.C.に実在しますので、「私はアメリカン大学卒です」というありがちなでまかせは立派な学歴詐称になります。近所のラーメン屋のおやじは「オレは中華大学でラーメン習ったんだ」と冗談を飛ばしていましたが、中華大学も台湾に実在します(ホテル・レストラン経営学科がありますので、ラーメンも習えるかもしれません)。学歴詐称をする際はくれぐれも慎重にお願いします。

 さて、講義のほうはしばらく少子化など大ネタが続きました。現在、新たなネタの仕込み中ですので、今回は初心に返るという意味も込めまして、統計や調査に関するありあわせの小ネタをまとめました。

●多数決でいいのか

奴らは俺を狂っていると言い、俺は奴らを狂っていると言ったが、ちくしょうめ、奴らのほうが俺より票数が多かった。
――17世紀の劇作家ナサニエル・リーが精神病院に入れられた際の抗議の言葉

 民主主義社会においては、いかなる行動の自由もない、ということを数学的に証明してしまったのはセンさんです。センさんなどと紹介すると近所の婆ちゃんみたいですが、そうではなく、インド生まれの経済学者アマルティア・センさんのことです。社会的な問題を数学の証明問題として解いてしまったところがおもしろいので、数学の得意な人は研究してみてはいかがでしょう。たぶん凄い理論なんでしょうけど、私は数学が得意でないので、その凄さがピンと来ないのです。

 それはともかく、民主主義社会では、たいていの問題は多数決で決着をつけるのがタテマエです。アンケートや世論調査、意識調査が実施されるのも、多数決主義と無関係ではありません。意識調査を実施する側の意識を分析すると、こうなります。「自分はこう思うんだけど、意見を発表したあとで、そう思ってるのが自分だけだとわかったらやだな。みんなもそう思ってくれてるといいな」。要するに、世論調査をしたがる人は、自分に自信のないさみしがり屋さんなのです。新聞がしょっちゅう世論調査を実施するのは、新聞記者にはさみしがり屋が多く、読者とのふれあいを求めているからです。

 しかし世論調査が一筋縄でいかないのは、たとえ多数意見になったからといって、それが本当に正しいとはかぎらないということです。

 中世のヨーロッパで「地球が太陽の周りを回っているなどという馬鹿な話を信じますか」と質問したら、ガリレオとコペルニクス以外の人は全員「いいえ」と答えたことでしょう。

 現代の北朝鮮で「金正日は偉大な指導者だと思いますか」と尋ねたら、おそらく99.9%の人が「そう思う」と答え、残り0.1%の人は翌日から姿が見えなくなります。実際にそういった支持率調査が行われたという話は耳にしませんが、もし実施されるとしたら、質問票にも工夫が凝らされるはずです。

 質問・金正日は偉大な指導者だと思いますか。次の中から選びなさい。
[絶対そう思う 強くそう思う そう思う たぶんそう思う その他]

 これは選択式の社会調査において「不均衡な尺度」と呼ばれるテクニックです。肯定・否定の選択肢の数は同じでなければいけないのに、調査する側が望む選択肢を多くすることで結果を操作します。一般の人たちは社会調査の結果だけに注目しますから、このテクニックを目立たぬようこっそり使うのは有効な手段です。今後、社会調査に関する記事などをお読みになる際は、ぜひ、どのような質問がなされたかも確認してください。

 天動説と地動説のアンケートは、科学的な問題を社会調査で決めようとする愚かさを示す例です。「携帯電話で話しながら運転するのは危険だと思うか」という世論調査が実際にありましたが、そういった安全に関わることは、実験に基づいた科学的なデータで決定すべきです。みんなの意見など聞くだけムダです。飲酒運転をしている人は100パーセント、自分だけは安全だと「思っている」のですから。

 運転中の電話使用に関していえば、海外で気になる研究が数例発表されています。一般に、ハンズフリーホン装置を使えば運転中に電話をしても安全だと思われていますし、法律でも認められています。しかし、ハンズフリーホンを使おうが携帯を手に持って使おうが、注意力や判断力の低下する度合いは変わらないという実験結果が出たのです。意識調査でなく、早急な事実検証が望まれます。

 地動説アンケートの例で私は、「地球が太陽の周りを回っているなどという馬鹿な話を信じますか」という質問を設定しました。自分が望むような(自分の意見を裏づけるような)結果が欲しいときには、この「誘導」のテクニックが使えます。質問の文章中に偏った印象を植えつける言葉をまぎれこませるのです。

 葛野尋之さんは『少年司法の再構築』で、少年犯罪に関する世論調査について、「調査方法上の妥当性に疑わしさが残る」と指摘しています。読売新聞が97・98年に行った世論調査では、「少年事件が凶悪化していますが……」と決めつける質問によって、少年犯罪に厳罰を与えるべきであると回答を6〜7割の人から引き出すことに成功しました。

 内閣府は10年以上前の総理府時代から同種の世論調査を行っていますが、「最近、青少年による非行等が問題となっていますが……」といったあからさまな誘導尋問をいまだに続けています。こちらも6割近い大人が、青少年の非行はかなり増えていると答えています(平成13年調査)

 この調査の中にある「少年非行の原因は何だと思いますか」の質問も非科学的です。当事者に会ったこともない、統計データも見たことない赤の他人が、テレビの2時間サスペンスドラマの知識をもとに犯人の心理を推測したところで、なんの意味もありません。


●社会調査で景気回復

 せっかく調査をしたのに予想外の結果に終わったとしても、がっかりしないでください。結果の解釈を工夫することで望み通りの結論を導き出す余地はまだ残されています。

 「国民生活に関する世論調査」が毎年行われております。これまた内閣府の調査です。今回の講義は余ったネタの盛り合わせ、シェフの気まぐれサラダ的なものなので、たまたまネタがかぶってしまいました。べつに内閣府に恨みがあるわけではございません。ノーパンしゃぶしゃぶの接待をしてくださるというのなら、喜んでおうかがいします。それにしても、シェフの気まぐれサラダというのも、ずいぶん不真面目な料理名です。「頭取の気まぐれ金利定期預金」「警視庁の気まぐれ捜査一課」なんてのがあったらきっと怒られます。

 さて、国民生活調査には、「今後の生活は心の豊かさと物の豊かさ、どちらに重きをおきたいと思うか」という項目があります。この調査からは、じつにつまらない結果が導き出せます。所得の低い人ほど「物の豊かさ」を重視、所得の高い人ほど「心の豊かさ」を重視しているのです。当たり前といえば当たり前で、30年前も現在もこの傾向に変化はありません。

 ところが内閣府の報告書では、これを別の切り口――年齢別で分析しています。若い世代ほど物を重視し、世代が上がるにつれ心を重視している、とご丁寧にグラフ付きで解説しているのです。年齢が上がるほど所得水準も上がるのですから、そうなるのは当たり前なのに、このように分析すれば、生活水準の問題を世代論にすり替えることができるのです。脳機能の低下した評論家やジャーナリストがこの分析を目にすると、「まったく、近頃の若者ときたらカネとモノのことしか頭にないのだ。このままでは日本は滅びる」と短絡的に決めつけて若者叩きに精を出します。

 木製の巣箱とコンクリートの巣箱でマウスを飼育する実験が行われました。木製の巣箱では母マウスは熱心に子育てをしましたが、コンクリート巣箱では子育てをしません。結果として子マウスの生存率に大きな差が開き、コンクリート巣箱では9割が死んでしまいました――という実験結果を私がどこで見つけたかといいますと、木造住宅の建築を請け負う工務店のサイトです。

 実験そのものは大工さんがやったわけではなく、静岡大学で行われたものを工務店が都合よく誇張して引用したのです。工務店としては、木の家は健康的で人間のこどももよく育つと主張したいのでしょう。少子化の原因はマンションのせいだった! などと驚くべき結論を勝手に導き出したりもします。どうやら少子化問題は厚生労働省でなく国土交通省の管轄になりそうです。

 私にはこの実験結果は、木造住宅のほうがネズミが繁殖しやすいから駆除が大変だというデメリットにしか思えないのですが、彼らはそれを、コンクリート住宅がこどもを殺すという扇情的な結論にすり替え、木造建築のイメージアップを図っているのです。

 念のため元の論文を読みますと、コンクリートの巣箱のマウスは低体温で死んでいるのです。そりゃ人間の赤ん坊だって、床も壁もむき出しのコンクリートの部屋で、おがくずを敷いただけの床に寝かせれば死にますよ。

 それにしても、動物実験や動物行動学をすべて人間に応用できると信じている素朴な人が多いのには驚かされます。牛にモーツァルトの曲を聞かせたら乳の出が良くなったという話を聞いて、社内にモーツァルトの曲を流せば社員がたくさん仕事をするようになるはずだ、と考え実行した社長さんがいたそうです。その会社のOLのみなさんは、「なんでこのごろ、乳が張って痛いんだろう?」と悩んでいるかもしれません。

 音楽で赤ちゃんやこどもの教育効果を高めるとされる、いわゆる「モーツァルト効果」は1993年に発表されて大変話題になりましたが、その後、欧米の心理学者たちの研究により、効果がないことが立証されてしまいました。

 日本旅行業協会のアンケート調査(2001年)では、家族旅行によく行く家庭の子は我慢強く、あまり行かない家の子はキレやすい、と分析されています。非常にタイムリーで、話題性も十分な調査です。

 家族旅行の回数ですが、この調査ではこどもが成人するまでに20回以上行ったら「多い」、10回未満なら「少ない」としています。旅行回数が少ない家庭では「頭に血が上りやすい」子が過半数を占める、となっていますが、集計結果をよく見ると、21人中で16人です。学術的にはこれだけのサンプル数では無意味ですが、少なくともウソではないので宣伝広告のためなら問題ありません。

 「我慢強い」子の割合はどうでしょう。旅行回数が多い子で我慢強いのは42人、少ない子では41人。ギリギリのところで、旅行回数と我慢強さの関連が立証されました。薄氷を踏む思いです。

 というわけで、世論調査やアンケートのいろいろなカラクリを紹介してきました。手品のタネあかしをするようなマネをするな、営業妨害め、と思われたなら、それは誤解です。オレオレ詐欺の被害を防ごうと、テレビや新聞が手口を事細かに報道しましたが、それによって犯人の学習効果を高めて、かえって被害が激増してしまいました。私がこうしてカラクリを披露することで、企業の広報や宣伝に関わる人たちは、そうか、そうやって消費者に夢を与えればいいのか、と学び、活用するはずです。私も日本の景気回復にかげながら貢献できてさいわいです。

 では最後に私から、日本酒の売り上げ減に悩む清酒メーカーのみなさんに、素敵なマーケティングデータをプレゼントいたしましょう。健康・体力づくり事業財団が平成11年に行った調査です。百歳以上のご長寿老人がよく飲むお酒は、日本酒が52%でトップでした。やはり日本酒は百薬の長だったのですね。さあ、みんなで日本酒を飲んで長生きしましょう。

 ただし、ご長寿のおじいちゃんの45%、おばあちゃんの78%が下戸であると回答していた事実は、消費者には秘密です。


今回のまとめ

  • 独裁政権下での世論調査はあてになりません。
  • 科学的な問題を世論調査で決めるのは危険です。
  • 気まぐれでなく、真面目にやってください。
  • 調査結果の解釈すり替えに注意しましょう
  • 都合のいいときだけ動物と人間を同一視しないでください。
  • 社会調査は消費者に夢を与えます。

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