第19回
スーペー少子化論争
〜PART3・少子化のせいじゃないと、私、困るんです!年金・働く女性編〜

お知らせ

 この回の内容は、『反社会学講座』(ちくま文庫版)で加筆修正されています。引用などをする際は、できるだけ文庫版を参照してください。

●厚生労働省の事情

 平成11年から12年にかけて、経済企画庁(現 内閣府)で「人口減少下の経済に関する研究会」が行われていました。かたや、厚生労働省では、平成14年から15年にかけて、「少子化社会を考える懇談会」が開かれました。いずれも専門家を委員として集めて少子化問題を検討する会合で、全6回という点も共通です。ただし、基本的な方向性はまるで異なります。経企庁側は、少子化という現象は避けられないのだから、そうなることを前提とした上で、将来の経済のあり方や、豊かに暮らす方法を模索しようとしています。一方、厚労省側はあくまでも少子化対策にこだわります。おなじみのスーペー少子化悪玉論を旗印に掲げ、日本を救う唯一の道はこどもの数を増やすことだとする意見を、いかに国民に信じさせるかを議論しています。

 少子化問題の勉強のため、私も両者の議事録に目を通しました。もちろんその内容も、とても参考になりますが、なにより議事録という形式に惹かれます。ライブにしかない臨場感がたまりません。婚外子(シングルマザーのこども)はIQが低いとするアメリカでの調査結果が、差別的だとして握りつぶされた話とか、けっこうアブナいネタもポロッとこぼれます。

 経企庁の会議に参加した委員は経済の専門家が多く、内容もかなり高度です。経済学が専門でない私は、ただでさえついていけない個所が多いのですが、委員の中に1人、カタカナ語でしゃべる無国籍風な人がいて、むやみに話をこじらせます。

 ……日本で行われるイノベーションだけを考えていたらいいのか、国内でのR&D投資だけを考えていていいのかというのは、前からずっとビッグクエスチョンで……
 ……出生率を下げますね、所得は多くなるけれども、そこで消費レベルが改善されてしまうと、家計の中でベネフィットが全部吸収されてしまって外に出ないわけです。そうした場合には、キャピタル・ディープニングというような形になかなかならないですね。わかりますか。
[座長]ちょっとわからない。
 ……子供の数が確実に減ってきた場合には、一人当たりのポテンシャルのセイビングスのトランスファーの額が将来変わってくるわけで、それが現在の消費ビヘイビアに直接きいてきていますので……
[座長]これはサジェスチョンだから、考えていただくとして、ほかの方。

 しまいには研究会の座長さんにも適当にあしらわれてしまいます。日本でこの無国籍風カタカナ語男と話が通じるのは、長嶋茂雄さんかルー大柴さんだけでしょう。

 委員の人数も気になるところです。経企庁が9人、厚労省は17人もいました。テレビでも討論番組がときどき放送されていて、評論家から中学生までいろんな人たちが、やいのやいのと意見を戦わせています。そのどれもが煮え切らないまま終わるのは、参加人数が多すぎるせいです。意義のある討論を完全燃焼させることが可能な人数は、3、4人がせいぜい。大勢いればいろんな意見を反映させられるだろうと頭数を増やすのは、シロウト考えです。ネットの掲示板で行われる議論も、参加人数が多すぎるから収拾がつかなくなるのです。1人が自作自演で議論すれば、きれいにまとまります。

 厚労省の会議も案の定、人数が多すぎてまとまりがありません。それぞれが自分の意見を述べるのに精一杯で、だれかが興味深い意見を述べても、さらりと流されてしまいます。議事録の行間から、「あれ? 俺いま、けっこういいこといったのに、反応なしかよ」と、とまどう委員の哀切な表情がうかがえます。しまいには、時間がおしてくると座長が気を遣って、今日まだ一度も発言していない人はいませんか、とたずねる始末。

 17人もいるくせに、メンバーには5男6女大家族の父ちゃん母ちゃんもいなけりゃ、隠し子作りの得意な梨園の若手もいないというのが解せません。こどもを増やすプロから学ぼうとする姿勢がみじんも感じらないのです。実践より理論重視で、本当に少子化が解決できるのでしょうか。

 結局、厚労省の役人が適当に議事録をまとめ、やっぱり少子化は悪いのだ、みたいな報告書が作成されることになります。懇談会を招集した厚労省の役人は、最初からそれが狙いで当たり障りのない17人を集めたのではないかと、私は疑っています。なぜなら、厚生労働省の官僚も、「少子化が年金制度崩壊の原因ってことにしないと、私たち、困るんです!」


●年金を破綻させる金持ち父ちゃん

 少子高齢化のせいで年金制度は破綻するとさんざんいわれてきました。国民年金の未納率はどんどん上昇し、平成14年には37.1%の人が払っていません。なかでも若者の納付率が低いと取りざたされています。またもや、若者やこどもを産まない人たちに罪をなすりつけようとしていますが、年金制度の崩壊は、本格的な少子高齢化時代の到来とは無関係にすでに始まっているのです。

 年金の積み立て分は厚生年金・国民年金の分を合わせて2002年現在、140兆円以上もあります。あまっているわけです。ところがその大事な積立金を減らしている人たちがいます。年金資金運用基金という特殊法人です。
「なに? 年金の資金が足りないってか。ようし、わかった、父ちゃんに任せな。あっという間に倍にしてやらぁ。だいじょうぶだって、ロバート・キヨサキの本読んだから」
 とばかりに大切な積立金から35兆円ほど懐に入れ意気揚々と出かけるや、株に投資して、見事に3兆円もスッてくれました。しかも負けたのは今回(2002年)が初めてではありません。現在までの収支を合計すると、6兆円のマイナスです。

 金持ち父ちゃんの失敗はこれだけにとどまりません。「う〜ん、父ちゃんどうもバク才ないみたいだな。やっぱり将来性を考えりゃあビジネスだよな」とリゾート施設の経営に乗り出します。なにしろ資金にはこと欠きません。虎の子の積立金を2000億円ばかり借り出して、グリーンピアという保養施設を全国13個所で開業しました。ところが軒並み赤字経営、すでに6個所が閉鎖に追い込まれ、負債総額は3500億円なり。

「いやあ、まいった。儲けようなんて欲の皮つっぱらかしたのがいけねえやな。少しは世のため人のため、資金を還元しなきゃな」というわけで、住宅ローンの貸し付けもやりました。ところが2001年、貸し出した600億円がこげついて回収不能になっていることが発覚しました。

 『住宅政策と社会保障』の中で木村陽子さんは、そもそも、年金資金を住宅取得資金として融資すること自体に問題があるといいます。年金資金運用基金は民間の金融機関より低い利率で貸し付けます。これを利用する人は、利子補助を受けられるわけです。要するにその分、年金保険料を免除されている(もしくは年金の早期還元を受けている)のと等しいのです。

 でも、住宅を購入できるのは、ある程度の収入がある中・上流層にかぎられますよね。高所得者にのみ年金保険料の還元があって、低所得者にはなにもないというのはずいぶん不公平な話です。ローンで家を買った人はさらに税金の控除まで受けられるのに、賃貸住宅に住む人への特典は一切ありません。欧米諸国では賃貸住宅に住む人にも公的な住宅手当制度があるのが普通です。

 金持ち父ちゃんの貸し付けは、社会貢献どころか貧富の差を広め、年金受給者間に格差を儲けてしまうのです。アメリカのステファニー・クーンツさんはこう指摘します。実際には社会福祉予算の多くが中流層のために使われているのに、中流の人たちは「政府は貧困層へのほどこしばかりする」とごねるものだ、と。

 それにしても、ヘマばっかりやらかす金持ち父ちゃんです。頼むからもう何もしないでくれ、家族(国民)が将来のために貯めたお金を使わないでくれ、とみんなが泣いてすがっているのに、あろうことか、2008年からは、積立金の全額を年金資金運用基金が運用することになっています。1年で3兆円スッて事業で3500億円損して600億円貸し倒れた父ちゃんに、140兆円まるごと渡すのですよ。おそらくギネス級の天文学的なヘマをやってくれるに違いありません。

 そんな父ちゃんですが、じつは特殊法人の理事なので、年収2000万、退職時に1億円近い退職金をもらえるのです。国民が貯めた年金保険料を何兆円減らそうとも、自分は豊かな老後を迎えられる。これが金持ち父ちゃんたる所以(ゆえん)なのです。

 年金はまだ積立金が残っているだけマシです。同じく特殊法人である雇用・能力開発機構を運営する金持ち父ちゃんは、失業保険(雇用保険)の積立金を4500億円使い、全国に2000個所に福祉施設を建設しまくりました。そのあげく、ついには失業保険の積立金は底をついてしまいました。

 年金資金運用基金も雇用・能力開発機構も、管轄は厚生労働省というところがミソです。金持ち父ちゃんの正体は、厚生労働省から天下りした官僚だったのです。というわけで、もうおわかりですね。厚生労働省の官僚は、自分たちと先輩の罪を隠すために、年金制度破綻の原因をなんとしてでも少子化のせいにしなければならない使命を帯びているのです。


●年金制度改革は勝ち組老人から

 年金には賦課方式と積立方式があります。賦課方式は、今の年寄りを今の現役世代が支える仕組みで、積立方式は、自分が積み立てたお金が戻ってくる仕組みです。どちらも一長一短なのですが、国による年金制度は福祉の一環なのですから、賦課方式を基本とすべきです。積立方式でよいのなら、わざわざ国がやる必要はありません。すべて民間に任せてしまえばいいのです。

 賦課方式だと、今後は自分が払った分より少ない額しか受け取れない、損だ、と不満を漏らす人がいますが、ちょっと損得勘定を間違えているようです。積立方式だって運用がうまくいかなければ目減りします。外国のマネをして自己責任で運用方法を選べ、なんて制度が導入されれば、ヘタすりゃ受取額ゼロってこともありえます。

 99年に社会保険庁が行った調査では、国民年金未納者の17%が「国民年金は払う額より給付額が少なくなるはずだからあてにしていない」を未納の理由にあげています。この人たちの大半はお金に余裕があるのに国民年金保険料を納めず、民間の個人年金に加入しています。不思議ですね。銀行や生命保険会社も普通に倒産する時代に、自分が加入している民間の年金だけは安全だと信じているのは、滑稽としかいいようがありません。基本的に年金が自己責任であるアメリカでは、実際に年金がパーになって途方に暮れている人がたくさんいます。

 いつもお上をコケにするようなことばかりいってるおまえらしくないじゃないか、いつから国の回し者になったのだ、とのご批判もございましょう。でも、リスクを考えれば、国がやってる年金はそれほど分の悪いものではないんです。少なくともゼロにはなりません。個人向け国債を発売すると、銀行や郵便局に購入希望者が殺到しますが、あれはみなさん確実性に魅かれているわけです。「日本国の存続だって確実なもんか」と口の端を曲げてシニカルに吐き捨てるお兄さんもいますけど、そういう人にかぎって最後の最後まで日本にしがみついてたりします。

 政府は、年金が足りなくなる足りなくなる、と財源確保の心配ばかりをしてますが、むしろ、支出を抑えることを真剣に検討すべきです。多くの論調は、年金が不公平な理由を世代間の格差として片づけていますが、そんな単純な図式ではありません。さっき出てきた金持ち父ちゃん。年金の積立金を減らしたあげくに責任を取らずに高額の退職金をもらいましたね。こういうお金持ちの不良老人にも年金が支払われていることこそが不公平であり、若者の年金制度に対する不信を招くのです。

 現在の制度では、年金受給対象年齢になっても所得があると、厚生年金などは額を減らされます。でも、世の中には2種類の年寄りがいます。
(1)食うのに困らないほど資産を貯め込んでいるが、自尊心を満足させるために議員や企業の顧問・非常勤理事のイスにしがみつき、高収入を得ている年寄り
(2)食っていけないので、老骨にむち打って収入を得なければならない年寄り
 両者の事情はまるで違うのに、働いて所得があれば同じように受給額が減らされます。年寄りの中にも勝ち組と負け組がいるのが実情です。いまどきの老人は金持ちだから一律に年金支給額を減らそう、なんて素朴な方法論では、なにも解決しません。一律ではなく、食うのに困らない資産家の年寄りには年金支給をストップするといった思い切った改革が必要です。

 夫婦2人が死ぬまでに、老後の生活費をどれくらい必要とするのでしょうか。生命保険文化センターが調査したところ、夫婦2人でゆとりをもった生活をするには、平均月額37万3千円欲しいとの回答を得ました。この金額に65歳時点での平均余命をかけてみましょう(近い将来、年金受給は65歳からになるのは確実ですので)。仮に夫婦が同い年としまして、65歳時点での平均余命は男18年、女23年となっています(平成13年)。男女差がありますが、近頃はなかなか死なないダイハードな年寄りが多いので、23年分で計算します。そうすると102,948,000円、およそ1億円あれば、成仏するまでゆとりを持って暮らせます。ということは、65歳の時点で夫婦合わせて1億円を超える資産を持ってる人には、年金をやる必要はないのです。

 そういうと、金持ちじいちゃんたちは、いっせいに反発します。彼らは、年金は頑張った自分へのごほうびだと考えているからです。「オレはずっと死ぬ気で働いてこれだけの財を成したんだ、いままで高い税金や保険料を払って国に貢献したのだから、ごほうびをもらえて当然だ、なにが悪い」。いや、逆でしょう。それだけのお金を残せるほどの甲斐性がある自立した大人が、国に寄生してわずかばかりの年金をもらおうなんて、情けなさすぎます。戦後、日本人は「私」ばかりを主張して「公」の精神を忘れたといわれますが、なるほどまさしくその通りです。

 また、こういう反論もあるはずです。「真面目に働いて老後の資金を貯めておいた者が年金をもらえず、老後の資金も貯めてないような遊び人がもらえるのは不公平じゃないか」。これは二通りの意味で間違っています。

 まずひとつには、真面目に努力したからといって、成功するとはかぎらないということです。中根千枝さんがかの有名な『タテ社会の人間関係』で書いているように、日本には、人の能力は平等で、努力によって結果が決まるという考えが根強く残っています。だから、貧乏なのは努力が足らないからだ、なんて暴論・結果論がまかり通ってしまうのです。

 現実には、どんなに真面目に努力しても、自力で老後の資金を1億円も貯められない人がほとんどであり、だからこそ救済措置として年金制度があるのです。65歳時点で1億円の資産を持っている人は、人生の勝ち組です。勝ち組になった人には、社会に貢献・奉仕する義務があるのです。会社案内のパンフレットに「当社は広く社会に貢献し……」なんて企業理念を書いておきながら、自分だけは勝ち逃げしようなんてのは許されませんよ、社長さん。

 もう一つの理由。現在日本が不景気なのは、個人消費が冷え込んでいるせいだと前回いいました。遊び暮らしていた人は、積極的な消費活動を行って日本経済を破綻から救っていたのです。もちろん、年金保険料だけはきちんと納めることが絶対条件ですが、それ以外の収入はすべて使いきって65歳時点でスッカラカンになっている人にこそ、その功績をたたえて年金をあげるべきなのです。

 それでも納得できない、払ったからには年金が欲しいというかたは、65歳になったら自分の財産・家屋敷をこどもに譲り、ご夫婦の資産を1億円以下にしてください。平均余命が伸びるにつれ、親から子への財産移動が滞ってきたことも、若・壮年層の消費活動が鈍っている原因のひとつなのです。寿命が短かった昔は、子育てに金がかかって大変な頃に、ちょうど老親が死んで遺産が入る仕組みで世の中がうまく回っていました。親の遺産に依存できなくなったことも、少子化の原因とされています。


●滞納と資産とプライバシー

 ただし、この年金制度改革案には大きな壁が立ちはだかります。現在の日本では、個人の資産状況を明らかにすることが困難なのです。議員や閣僚は資産を公表していますが、誰も信用していませんよね。そんな少ないわけないだろ、と思っても確かめることはできません。だいたいあれは、定期預金の額しか公表してないのがヘンです。普通預金口座の額は公表しなくていいことになっているので、政治家のみなさんはゴルゴ13のようにスイス銀行に巨額の預金をお持ちなのかもしれません。

 国民全体のおおよその資産状況なら、全国消費実態調査報告(平成11年)でつかめます。公的年金受給世帯のうち、4000万円以上の貯蓄があるのは14%。企業年金・個人年金受給世帯では24%。1億円以上の不動産を所有している世帯は、公的年金受給者で7%、企業年金受給者で9%です。年金受給世帯の2割は年収が1000万円以上あるという驚くべき事実を加味すれば、少なくとも上位1割程度の金持ち老人には年金支給をいますぐ停止しても、何の問題もありません。上位1割は支給額も多いはずですから、すべてカットできれば大変助かります。

 消費税をアップして年金資金の一部にするのも名案です。これまでは、若い娘が高価なブランド品や洋服を買うと、贅沢だ身分不相応だバカ女だと罵倒されてきました。でも消費税が年金になるのなら、彼女たちの贅沢が老人を養うことになるのです。もう誰も彼女たちを批判できません。女に高価なプレゼントを貢ぐ男もまた、老人福祉に貢献できるのです。なんだか世の中の仕組みが、とてもおもしろくなりそうです。

 いずれにせよ、なんらかの方法で各人の収入と資産を明確にすることは必要となってきます。プライバシーなんていってる場合じゃありません。なぜなら、年金の財源とする消費税の取り立てにも必要なのですから。

 消費税ってのは、払わない連中がたくさんいるのです。もちろん買い物した人はみな払います。それを預かった業者が滞納するのです。滞納額は国税庁の管轄分だけでも、毎年5〜6千億円ほど発生しています。国税庁の発表では、平成14年に新規発生した租税滞納分1兆1千億円のうち5342億円、およそ半分が消費税だったくらいです。年金滞納者が増えて取り立てが大変だから消費税で穴埋めしようったって、じつは消費税のほうが滞納がひどかったりします。消費税率をアップすれば、さらに滞納者が増える可能性もありますから、自営業者の資産状況を明らかにして消費税の取り立てを確実に行わないかぎり、年金財源の問題は解決しません。

 とまあ、このくらいの改革をすれば、特殊法人の金持ち父ちゃんに無理に運用してもらわなくても年金制度を維持できるでしょう。年金資金運用基金そのものも不要になるかもしれません。どだい、お役人にはお金儲けは無理なのです。商才のある者は最初から商人やビジネスマンになってます。公務員になどなりません。商人の町であるはずの大阪府が巨額の財政赤字に苦しんでいるのは一見矛盾していますが、商才のない人間が役人をやってるからだ、と考えれば納得できます。


●日本の男は子育てが好きだった

 女性の中にも少子化悪玉説を支持する人たちがいるのですが、彼女たちの立場はやや複雑です。男たちが家庭のことに協力しないから女は仕事と子育てを両立できず、結果的に少子化が進んで社会が悪くなる、と彼女たちは警告を発します。要するに、「男が家事や育児を手伝わないと女は忙しすぎて子を産めず、少子化になっちゃうよ」という脅しです。

 いわば、彼女たちは少子化問題を利用して女性が働きやすい社会の実現を目指しているのであり、少子化問題に本当に関心があるのかは疑問です。仕事が楽しくできさえすれば、こどもなんか要らん、と考えている人も少なくありません。しかし、もし少子化が悪いことではないという結論になると、切り札を失って脅しが効かなくなるおそれがありますので、彼女たちも少子化悪玉論に便乗せざるをえないのです。「少子化が社会を悪くする原因でないと、わたしたちも困るんです!」

 男が家事や育児を手伝えばこどもが増えるはずだ、とする仮説はおそらく、アメリカでは男がよく家事を手伝っている、だから出生率が高いのだ、いうガイジン信仰がもとになっているのでしょう。でも実際は、アメリカの男性も家庭のことにはけっこう無関心なようです。スーエレン・ホイさんは著書でその現実を皮肉っています。

 ……一九九〇年においてさえ、男性と女性が平等に分担している雑用は、唯一食料品の買い出しだけで、その買い物リストをつくるのはやはり女性の役目だった。

 その後の10年でアメリカ人男性の意識がどの程度変わったかは知りませんが、アメリカの出生率の高さは男の家事参加とはあまり関係がなさそうだということだけは、たしかなようです。

 私は、女性が社会参加することに異存はありません。働きたい人は働けばいいし、働きたくない人は家にいればいいんです。どちらを選ぶかは個人の自由ですし、家庭ごとに様々な事情があるのですから、専業主婦と働く女はどっちが偉いかなんて論争は無意味です。皇族の妻を名乗り詐欺を働く女と専業主婦とでは、どちらが偉いのか微妙なところです。オーナー社長が経営する企業では、社長の妻が名目だけの役員になっていて、何も仕事をしないのに高額の報酬を得ていることが、ままあります。そのくせ社員には残業代も出さなかったりします。そんなアコギなことがかなりの規模の企業でも平然と行われています。一般の専業主婦なんかより、このような社長夫人こそが、働く女性の真の敵なのではありませんか。

 ところで気になるのは、多くの女性が、いまだに男性を過大評価していることです。男は本来、怠け者です。女が働けば働くほど、男は働かなくなります。ILO(国際労働機関)の調査では、1980年から1997年の間に、世界中のほとんどの地域で女性の経済活動率は上昇していました。ところが、男性の経済活動率は、ほぼすべての地域で低下したのです(日本はほとんど変化なし)

 念のためいっておきますが、これは全体から見た男女比の増減ということではありません。男女別の集計でこういう結果が出ていますので、つまり世界中で、働く女性の絶対数が増えるにつれ、働く男の絶対数が減っているということです。

 ライオンの社会では、狩りをして獲物を獲ってくるのはもっぱらメスの役目です。オスは群れを守るという役目がありますが、そうしょっちゅうライオンの群れが襲われるわけはありませんから、実際はほとんど食う・寝る・種付けしかやりません。妻ライオンが狩りから帰ってきて体を休めていると、さっそく夫ライオンがのしかかってきます。
「だめよ、今日は疲れてるの」
「なにぃ、妻の分際で生意気な。オレさまは偉いんだぞ。いいか、一頭のライオンに率いられた百頭の羊の群れは、一頭の羊に率いられた百頭のライオンの群れに勝つ、とナポレオンはいったのだ」
「アンタは率いてないでしょ。狩りをして食べ物獲ってくるのも、子育ても、みんなアタシがやってるのよ。アンタはぐうたら寝てるだけじゃない」
「うるさい、それが百獣の王の生きざまってもんだ、ウオー!」
「ちょっと、やめてよ、DVで訴えるわよ、このケダモノ!」
 ライオン用のバウリンガルが発売されたら、こうした会話を聴くことができるはずです。女性の社会進出が進むと、人間の社会もライオン化するおそれがあります。男は仕事も家事も子育てもせずぐうたらするばかり、もっぱら女性がすべてを引き受けるはめになります。女性の社会進出は少子化を一層深刻なものに――。

 というスーペーなシナリオも考えられますが、日本の男だけは、そうはならない可能性があります。第6回の講義で、江戸時代の男はフリーターが多く、あまり仕事熱心ではなかったことをお話ししました。その江戸時代のもうひとつの特徴として、男が子育てをするのが珍しくなかったということがあげられるのです。

 江戸時代の草子(挿絵入りの本)『浮世床』の挿絵には、長屋の木戸のあたりで子守りをする男の姿が描かれています。また、幕末の日本に滞在したイギリスの駐日公使オールコックも『大君の都』にこう記しています。

 江戸の街頭や店内で、はだかのキューピッドが、これまたはだかに近い父親の腕に抱かれているのを見かけるが、これはごくありふれた光景である。父親は……見るからになれた手つきでやさしく器用にあやしながら、あちこちを歩き回る。

 父親が裸だというのは、夏場で暑く、ふんどし一丁だったからです。女房に逃げられた露出狂ではありません。『浮世床』の挿絵では、暖かそうな綿入れの着物を着てふところにこどもを抱いています。このように、日本の男はその昔、仕事には熱心でなかったのですが、子育てには協力的だったのです。日本人男性の遺伝子にこの特性がまだ引き継がれているのなら、女性が外で働き、男性が家で子育てをするよう社会の仕組みを変えることで、少子化問題はあっさり解決されるのかもしれません。


今回のまとめ

  • 厚労省から天下りした特殊法人の金持ち父ちゃんが、年金制度を崩壊させます。
  • ロバート・キヨサキさんの本を読んだだけで投資の天才になったつもりの父ちゃんがたくさんいるので、家族のかたは用心してください。
  • 65歳時点で1億円の資産がある夫婦は、年金を支給しなくても生きていけます。
  • 勝ち組老人が社会に奉仕していないことが、年金制度崩壊の原因です。
  • 滞納を減らすには、国民の資産状況を明らかにする必要があります。
  • 働く女性が増えるにつれ、働く男性は減っています。
  • 江戸時代の男はヒマだったので、子育てに協力的でした。

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