第13回
本当にイギリス人は立派で日本人はふにゃふにゃなのか
〜PART2・欧米の労働者よ、真面目に働けの巻〜

お知らせ

 この回の内容は、『反社会学講座』(ちくま文庫版)で加筆修正されています。引用などをする際は、できるだけ文庫版を参照してください。

●ヨーロッパの若者もフリーター指向

 前回の講義で、欧米人だって日本人に劣らずふにゃふにゃだという事実の一端がおわかりいただけたかと思います。今回は引き続き、欧米諸国の若者の労働事情や労働観について掘り下げます。

 イギリスの若者の失業率に、いま一度難癖をつけるなら、失業率調査というのはそれ自体あまり正確なものではないという点ですね。国によって失業者の定義自体、微妙に異なりますから、あくまでも目安でしかありません。失業率調査の有効性を疑問視する声も少なくありません。

 ためしに、世界青年意識調査で若者(18〜24歳)の失業者の割合を見ましょう。こういった項目は意識でなく事実の調査ですので、○○をどう思いますか、みたいな項目より信憑性は高いはずです。なお、この調査では、学生・常勤・パート・無職(専業主婦など)を除いた状態を失業としています。以下、表中の数字の単位は%、「瑞典」はスウェーデンです。
瑞典
失業2.87.314.56.210.38.1

 98年のデータなので、現在はいくらか改善されているはずとはいえ、イギリスの若者が失業中である率は、他国に比べればかなり高いようです。ついでですから、フルタイムとパートタイムの比率もあげておきましょう。
瑞典
フル41.442.640.247.718.427.0
パート6.124.913.12.811.010.5

 ドイツを除いた欧米各国では、パートの若者、つまりフリーターの率が日本よりもだいぶ高いことがわかります。甘いですねえ。人生なめてますねえ。将来どうするつもりだねキミたち! と憤る日本の勝ち組ナイスミドルのみなさん、ヨーロッパ青年説教ツアーの企画はいかがでしょうか。ホテルのボーイに説教。エッフェル塔で説教。ロンドンの2階建てバスでも乗客の若者に説教。スウェーデンのポルノショップで説教(とお買い物)

 吉本圭一さん他の調査『日欧の大学と職業』では、大卒者のその後の職業生活が追跡調査されています。卒業後4年目の状況を見ましょう。
日本(男)欧州(男)日本(女)欧州(女)
フルタイム80.758.662.944.0
パートタイム(有期限)6.216.314.925.0
自営1.57.82.24.9

 ヨーロッパでは卒業して4年たってもまだフリーターです。日本の大卒者のフリーター増加なんて、目じゃないです。むしろ日本の未来を危ぶむならば、若い大卒者で自営独立するケースが極端に少ないことを憂うべきでしょう。

 でも、もしかして、不景気で仕事がなく、しかたなくパートに甘んじているのでは? なるほど。あなたは思いやりにあふれた人です。では確かめてみましょう。そんなデータがあるのか? あるんです。「しかたなくパートタイムで就業している人の割合」(97年)。若者だけでなく、全年齢の調査です。結果はEU15か国平均で19.7%でした。ということはヨーロッパでパートの職に就いている人の8割は、自分の意志で積極的にパートタイム労働を選択していることになります。やっぱり説教が必要ですよ、お父さん。根性入れ直してやってください。


●フランスでアルバイトはできない

 ただしヨーロッパのいくつかの国では、パートの雇用条件が日本とはまったく異なります。たとえばフランスには、いわゆる日本式のアルバイト・パートという労働形態そのものがありません。JETRO(日本貿易振興会)パリセンターのレポートです。

 仏で「パートタイム労働」と言った場合、純粋に契約労働時間が他の社員より短いというだけの意味で、原則として「正社員(CDI)」又は「期間限定正社員(CDD)」である……したがって、仏ではマクドナルドにいる労働者もスーパーのレジ打ちも全て正社員なのである……たとえ1日の契約であっても社会保障・労働保険加入は必須であり、社会保障に入らない雇用(すなわち「闇労働」ということとなるが)など考えられない

 日本だって本当は、週5日フルに働いているフリーターやパートなら、社会保険や雇用保険に加入できるはずなんです。加入の基準があいまいなので、ほとんどの会社がしらばっくれているだけです。日本は社会のシステムそのものがフリーターやパートにつらくあたります。だったら正社員は手厚く保護されているかというと、サービス残業なんて違法な無賃労働を事実上黙認しているのが現状です。このままだと、そのうちボーナスもなくなって、逆にボーナス残業をするはめになります。

 オランダもフランス同様、パートと正社員の待遇を平等にしています。両国とも、社会の実情が変化したことに合わせて、国民の権利を守れるよう現実的な改革を行ったのです。日本の政治や行政(と彼らにくだらない入れ知恵をする識者や学者)は社会の変化に対応するどころか、変化した事実を認めようとすらしません。はみ出し者を目の敵にして、旧来の枠に戻そうとします。

 少々脱線しますけど、こういった例は労働問題だけにとどまりません。アメリカにはギャローデット大学という、聾唖者のための大学があります。世の中には障害者がいるのだという事実を受け止めて、それに合わせて社会システムを調整しようという発想。ところが日本は、障害者が既存の社会システムに溶け込むよう「頑張って」くれることを期待するだけ。

 少子化や不登校の問題も同様です。少子化社会になった事実を真摯に受け止めて、子どもが少なくてもやっていけるように社会の仕組みを変える努力をすべきです。不登校の子が増えたのなら、学校に行かなくても勉強できる制度を整備すればいいんです。森田正康さんの著作によれば、アメリカでは学校に行かずに勉強している子が180万人いて、SAT(大学進学のための適性テスト)の成績は学校に通ってる子よりも上だそうです。何事もやり方次第なんです。それなのに、日本の行政は不登校児童・生徒を学校に引き戻すことしか頭にありません。各都道府県ごとに不登校をどれだけ減らせるかノルマを課して、競っている始末です。これで好成績をあげておけば、校長先生や教育委員会のお歴々は、公共に対し功労があったとして定年退職後に勲章をもらえるので、みんな張り切ってます。


●転がる石のように

 では話を戻して、今度はアメリカ人の労働観をデータからあぶり出しましょう。商務省センサス局(国勢調査などをやってるところ)の調査です。失業中の人に聞きました。「あなたはなぜ働かないのですか(96年)」。こんなぶしつけな質問をするほうもするほうですが、聞かれた方も平気で答えてしまうあたりが、アメリカらしいところです。では、回答。
「引退したから」39%
「学校行ってるから」17%
「長期・慢性の病気」13%
「子どもの世話(主婦・主夫)」13%
 と、ここまでは普通なのですが、その次が
「働きたくないから」5%
 これが「仕事が見つからないから」4%を上回っています。この調査は複数回答方式ではない、という点にも注目です。おもな理由をひとつ答えよ、と聞かれて、働きたくないからだ! と胸を張って答えた者がこれだけいるのです。

 しかも「働きたくない」割合の年齢別の数字からは、さらに興味深い結果が得られます。
年齢15〜1920〜2425〜4445〜5455〜6465〜
働きたくない人1.83.84.614.010.23.3

 年齢を重ねるごとに割合が増えています。40代後半から50代前半の、日本ではまだ働き盛りといってもよい年齢で「働きたくねえから働かねえんだよ、文句あっか」と開き直ってるのかグレてるのかわからない不良オヤジ(オバサン)が82万人いるのです。

 彼らは60年代に青春を謳歌した世代ですので、ヒッピーやビートジェネレーションの生き残りかもしれません。日本人で自称不良オヤジという人たちは、趣味でバイクやサーフィンなどをやってるだけで、普段は平凡なサラリーマンです。日本の暴走族は二十歳すぎると「もう、バカやってらんねーしー」といって真面目に働き始めるものですが、アメリカのバイクバカには引退という概念がないので、一生バカのままだと聞いたことがあります。アメリカ人にはかないません。やつらは本物のワルです。

 アメリカ労働統計局のデータによれば、アメリカ人は32歳までに平均8回転職します。2000年の統計では、現職の就業期間が1年以内である人の比率は(全年齢で)26.8%。同時期の日本の労働力調査では、過去1年以内に転職した人の割合は約5%。日本人に比べればアメリカ人はしょっちゅう転職していることがわかります。能力のある者はもっと条件の良い会社にどんどん移るし、能力のない者はじゃんじゃんクビにされるので、こういう結果になるのです。

 日本では同じ会社にずっといる人はベテランと呼ばれて信頼されます。しかしアメリカでは、長くひとつの職場に居続けるのは、可もなく不可もなくという人材ばかりですので、アメリカ企業との取引の際は注意してください。むこうの担当者をベテランだと思って安心してまかせていると、だいたい見事にポカをやらかしてくれます。かといって切れ者にまかせていると、「給料のいい会社に転職することにしたから、バーイ」とやりかけの仕事をほったらかして突然辞めてしまいます。海外との折衝に必要なのは、英語力より忍耐力と諦念です。

 再び、ヨーロッパの大卒4年目の人たちの調査を参照しましょう。調査時点でフルタイム労働に就いている人のうち、4年間で3回以上転職した人が男22.7%、女26.4%います。日本の数字は男5.2%、女8.0%です。

 青年意識調査を見ても、欧米の若者が転職を肯定的にとらえていることがわかります。日本では転職に肯定的な意見は半数をやや下回る程度ですが、欧米では7〜8割が肯定的です。とりわけスウェーデンでは、9割を越える極端な結果が出ているのが目を引きます。欧米の若者は、イヤな仕事はすぐやめるのです。日本の若者は欧米人よりねばり強いのです。

 日本の経営者のみなさんは、このありがたい事実を噛みしめるべきです。アメリカでは、ソフトウエア開発企業の離職率(一年間で全社員のうち、どのくらいの人が退職したか)は平均20%程度なのですが、ある企業(社員数9000人)は、離職率が8%です。経済学者が試算したところ、この企業は低い離職率のおかげで、社員募集と研修の費用を年間6000万〜8000万ドル節約できているとのことです。日本企業はもともと離職率が低いのですから、だいぶ得しているはずです。

 ところで、転職に抵抗のないスウェーデンの青年ですが、調査国中、もっともひとり暮らしの率が高い結果が出ています。独立心旺盛なんだな――と感心した矢先、別のデータが目に飛び込んできました。「子どもは親から経済的に早く独立すべきだ」。この質問に対し、「そう思う」と回答した割合が約18%と、調査国中最低なのです。親のすねかじりと批判されることの多い日本でさえ、4割が親から早く経済的に独立すべきと答えています。なのにこのスウェーデンの数字はいったい……? この結果を素直に解釈すると、スウェーデンのひとり暮らしの若者はみんな親から仕送りをもらってることになりますが、実際にそうなのか検証はできませんでした。

 というところで、まだ資料が残っていますので、続きは次回に持ち越します。まだまだ欧米説教ツアーは続きます。謎多きスウェーデンから出発予定です。


今回のまとめ

  • 欧米各国では日本より若者のフリーター率が高いです。
  • フランスには正社員しかいません。
  • アメリカには働かない筋金入りの不良中年が80万人ほどいます。
  • 将来、貿易関係の仕事につこうと思っている人は、英語と仏教を勉強しましょう。
  • イヤな仕事をすぐやめるのは、欧米ではあたりまえのことです。
  • スウェーデンの若者は矛盾してます。

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