第12回
本当にイギリス人は立派で日本人はふにゃふにゃなのか
〜PART1・イギリスの若者に説教の巻〜

お知らせ

 この回の内容は、『反社会学講座』(ちくま文庫版)で加筆修正されています。引用などをする際は、できるだけ文庫版を参照してください。

●欧米大好きニッポン人

 日本人は昔から欧米が大好きです。手の施しようがないくらい好きです。長幼の序や先輩後輩の上下関係を重んじる日本人であれば、人類発祥の地といわれるアフリカを尊敬しそうなものですが、どうもアフリカやアジアは人気がありません。それどころか、あからさまに見下している人も少なくありません。やはりあこがれは、アメリカとヨーロッパなのです。

 太平洋戦争が終わり、連合国総司令官として日本にやってきたマッカーサーに、日本人からたくさんの手紙が届きました。袖井林二郎さんはその数およそ50万通と見積もっています。敗戦直後だったというのに、手紙のほとんどが好意的な内容だったといいますから、これはマッカーサーとアメリカに宛てたファンレターです。(「亜米利加」や「松嘉佐」を自己流姓名判断で絶賛している手紙もあります)。マッカーサーは「東洋人は勝者にへつらい敗者をさげすむ習性がある」と語っていたそうですが、日本人はもともと欧米が好きであこがれていたというのが実情でしょう。その証拠に、中国だって戦勝国だったはずなのに、中国にへつらおうとする日本人はいなかったのですから。

 そして現在。日本の書店にはイギリスに関する本がたくさん並んでいます。そのほとんどが、日本人が書いたイギリス礼賛本です。イギリス人とイギリス文化がどんなにすばらしいかを口を揃えて褒め囃し、それにひきかえ日本人ときたら……


●アメリカ人は今日も戦う

 戦後の急速な経済成長により、アメリカに比肩する豊かさを獲得した日本人にとって、すでにアメリカはあこがれの国ではありません。「アメリカに行ってビッグになってやるぜ」と具体性に乏しい野望に燃える若者は減り、「イギリスでガーデニングやリフレクソロジーを学びたい」と希望する癒し系OLさんが増えました。

 日本人が抱くアメリカのイメージ、それは野蛮でバカな国。たしかに、15秒に1回の割合で全米のどこかで女房が旦那に殴られています。殴られるだけならともかく、毎年1200〜1300人は死んでいます。また、旦那が女房に殴られている確率もほぼ同じだとする研究を発表している人もいます。さすが、男女機会均等に熱心なアメリカのことだけはあります。両者の研究を総合すれば、7.5秒に1回の、どつきどつかれ、すさまじいまでのドメスティックバイオレンス国家です。国際結婚を夢見ている日本人女性のみなさん、アメリカよりヨーロッパの男を選びましょう。ベッカムさんの人気が高いのもわかる気がします。

 DV関係の数字は、怒りにまかせて口コミで広まるうちに、どんどん大げさになる傾向があるので、慎重に扱わねばなりません。あるアメリカの資料では、DVによる女性死亡者数を年間約11000人と喧伝していたとのこと。でも公式な死亡統計では、その年に殺された女性の総数が5000人程度でした。DV被害者は1人で2回以上死んでいるようです。

 参考までに日本の犯罪統計(平成13年)で、殺人犯と被害者の関係を見ておきましょう。殺人1157件中、配偶者に殺されたのは191件で第2位。もっとも多かったのは知人・友人の282件です。独身で恋人も友人もいない、とお嘆きのさびしがりやのあなたに朗報です。あなたは長生きできます。

 ところで、毎度おなじみおもしろ統計ネタの宝庫、総務庁の行った世界青年意識調査(平成10年)によると、アメリカの青年(18歳から24歳)が抱くアメリカ人のイメージは「知的」がトップでした。なんだか日本人が抱くアメリカ人像とはだいぶ異なりますが、まあ、しょせんこんなのは意識調査にすぎません。意識はえてして事実に反するものですし、バカが自分のことをバカと思わないのも、万国共通の真理です。「ロッキー山脈より西にはバカしか住んでない」と断言するアメリカ人もいます。総務庁の調査には、西海岸の意見が反映されたのでしょう。


●イギリスの貴族と若者の真実

 そうなるとやはり、紳士の国イギリスです。それなのに私ときたら、第1回の講義で「イギリス貴族はみんなホモ」「イギリスの若者はみんな失業中で薬物中毒」などと口走ってしまいました。言葉のアヤ、その場の勢いとはいえ、失礼しました。

 そこで反省の意味を込めてきちんと調べてみました。イギリス貴族がホモであるという証拠はありません。ミュージシャンのエルトン・ジョンさんはナイトの称号を授与されて貴族になりましたから、少なくとも1人はいることになります。

 イギリスの議会は上院と下院の二院制です。上院議員はほとんどが貴族なので貴族院とも呼ばれます(貴族以外には英国国教会の主教が含まれます)。上院議員は投獄された場合と破産宣告を受けた場合には登院停止処分になりますが、ホモがばれた場合の罰則規定はとくにありません。

 イギリスの若者の失業率は、10〜12%(2002年)といったところで、全体の失業率が5%台で横ばいなのに比べれば、高いといえます。でも統計上では、若者の失業率が全体より高いのはいつものことです。イギリスでも日本でもアメリカでも、若者の失業率は全体の失業率の2倍くらいの値で連動しているのが普通です。全体の失業率が上がれば、常に若者の失業率も上がっているのですから、「若者の失業率が高い!」と新聞やテレビのニュースでいちいち驚いているのが不思議です。「空が曇ったと思ったら雨が降ってきた!」と、いちいち驚いてる気象予報士はいないでしょう。

 ということで私のもくろみとしては、イギリスの若者はみんな失業中といいたかったのですが、全体5%・若者10%という数字は、現在、日英ほぼ同じになってしまいました。イギリスの数字がじわじわと下がる傾向にある中、日本は逆に増加して、追いついてしまったのです。よかったですね。あこがれのイギリスと肩を並べることができて。


●蘭太郎と日助

 さて、残るは薬物中毒です。ヨーロッパでは、オランダが麻薬に対してもっとも寛容であることで知られています。というより、オランダという国はすべてにおいて寛容で、売春も安楽死も同性間の結婚もフリーターも全部合法です――あ、フリーターはべつに違法ではないですね。日本に長くいるとそういう気分になってしまいます。で、そのくせオランダの経済成長率は欧州でもトップクラスです。ヨーロッパで一番英語が得意な国民(イギリス・アイルランドを除いてですよ)といわれるだけあって、8割近くの人が英語を話せます。そのため、海外企業の誘致でも有利です。

 学園ドラマにたとえていうなら、好き勝手やってる不良生徒(蘭太郎)が、成績トップで他校の生徒にモテモテみたいなもので、これは保守的なマジメ人間(ガリ勉の日助)にとっては不愉快きわまりない存在です。「クッソー、なんでマジメに勉強してるボクが成績2位で、蘭太郎のヤローがトップなんだぁ! なんであんなやつがモテモテでボクは童貞なんだぁ! 絶対東大に入って外務省のキャリアになって公費で愛人囲ってやる!」こういう個人的な恨みつらみ(ニーチェ風にいえばルサンチマン)は、社会が腐敗する大きな原因のひとつです。

 ただしオランダの麻薬に関しては、大麻類(マリファナ・ハシシなど)が合法なのであって、全部野放しというわけではありませんから念のため。それに、興味本位で麻薬を吸った日本人観光客が、ふらふらになって運河に落っこちたという話も聞きます。麻薬吸ったぐらいで死にゃあしねえよ、と大言壮語していて溺れ死ぬのは、かなりかっこ悪いので気をつけましょう。

 そういったお国柄を反映してか、ヨーロッパ各国の15〜16歳の生徒に薬物使用経験をたずねた調査(95,96年)でも、オランダでは30%をちょっと越える結果が出ています。これはまあ、納得できるでしょう。と、思いきや、オランダは第3位なのです。アイルランドがおよそ36〜37%で2位。そして、他を引き離し40%超でダントツ1位は、あろうことか偉大なるイギリスの若者だったのです。

 参考までにアメリカでの調査結果ですが、12〜17歳の大麻類使用経験者は約16%(95年)と、意外と控えめな数字が出ています。しかし実際の数字はもっと多くなるはずです。というのは、ヤク中の割合が一番高いはずの危険な地域は、たぶんアンケートの対象範囲外だからです。スラム街に社会学者が出かけていって「えーと、そこの目つきがおかしいきみ、麻薬使用に関するアンケートに答えてほしいんだけど」と、命をかけてまで世論調査をしているとは思えません。

 イギリス映画の『トレインスポッティング』では薬物中毒の若者の生態や、無関心で無気力な親の姿が描かれていましたが、どうやらあの状況は絵空事ではなかったようです。イギリス人は腑抜けです。短編オムニバス映画『チューブテイルズ』では、地下鉄の車内で平気で化粧をしたり騒いだりする若者が出てきます。イギリス人は恥知らずです。イギリスびいきの日本人ハイソのみなさんは、こういった優れたイギリス映画をご覧になっていないようです。イギリス映画は、ハリウッド映画と違って正義や感動を無理強いしてきませんし、屈折していて微毒の効いた笑いのセンスも秀逸です。ぜひイギリス映画を観てください。

 おしまいに、イギリス事情に詳しく、イギリスの大学で教鞭を取っていた経験もあるマークス寿子さんに、イギリスの大学生について語ってもらいましょう。

 イギリスの学生は扱いにくいです。つまらないとドアを開けてさっさと出ていってしまいますから。……[年度末に学生が先生を評価する制度があることについて]先生がちょっと言い損ねたこととか、言い間違えたこととかをみんな記録して……何とか先生をいじめようとやってくるんですよ。

 イギリスの若者はこらえ性がなくて意地悪です。先ほどアメリカ人を野蛮といいましたが、イギリスだって負けてはいません。家の周りの破壊行為や犯罪に悩んでいる世帯の割合では、イギリスは欧州でトップです。イギリスでは毎日がフーリガンです。いやはや、まったく、イギリスの若者やイギリス人ときたら……


今回のまとめ

  • アメリカ人はイラクやアルカイダと戦う前に、妻や夫とも戦わねばなりません。
  • 独身で恋人も友人もいない人は長生きできます。
  • イギリス貴族はみんなホモ、という事実はありません(1人を除く)
  • イギリスも日本も、若者はみんな失業中です。
  • オランダはなんだか楽しそうな国です。
  • やっぱりイギリスの若者はみんな麻薬中毒です。
  • イギリス映画はおもしろいです。

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