『「昔はよかった」病』の内容紹介と解説

「昔はよかった」病
新潮新書
税別740円
2015年7月発売


 『新潮45』で2013年12月号から約1年間連載した「むかしはよかったね?」をまとめたものです。
 こんなこというと仕事来なくなるけど、いまのオピニオン誌や週刊誌は、毎号買ってまで読むほどの中身がありません。これほどコストパフォーマンスの悪いメディアは他にないでしょう。私が毎号買ってる雑誌は、テレビの番組ガイドだけ。その他の雑誌は必要な記事だけ図書館で読むことにしています。そんな私が読者のみなさんに、私の連載を読むために雑誌を買ってください、とお願いするのはずうずうしいですよね。
 そういうわけで、雑誌連載は書籍化されてはじめて意味を持つのです。本になってようやく、買ってください! 読んでください! と堂々と読者にお願いできます。

 私にとっては新書を出すのは『つっこみ力』以来8年ぶりとなりました。執筆依頼はあったけど、どの企画も執筆を開始する段階までいかずに自然消滅してしまったのが実情です。
 今回は、最初から新書化を前提とした連載でしたので、新書一冊分の原稿が溜まったタイミングで連載終了、書籍化と相成りました。雑誌掲載時に内容に関する校閲もひととおり済ましてあるので、軽く手直しをしただけです。大幅な加筆や改変はしていません。

 本書のテーマは、私の仕事としてはおなじみのもの。ちまたやネットにあふれる庶民文化史の常識≠ノメスを入れ、歪んだ郷愁によって美化された病巣を取り除き、ありのままの過去を提示することです。
 美しい過去しか見たくない、立派な先人や先祖しか愛せないという人は、感受性に乏しく知的に未熟で心の狭い人です。私はむかしの人をエラいだなんて、ちっとも思いません。現代人と過去の人はまったく同等だと考えてます。むかしの人のダメっぷりにこそ、同じ人間として共感をおぼえます。
 いつの時代にも、一握りの立派な人と、大多数の凡人と、少なからぬダメ人間がいます。その三要素で人間社会のバランスがとれているんです。立派な人がいなければ、社会の進歩は望めません。でも、大勢の凡人がいなければ社会は回りません。そして、ダメ人間がいないと、社会はつまらなくなってしまいます。
 少なくとも過去200年、いや、もっとむかしから、日本人の本質は変化していません。いま起きていることのほとんどは、ややカタチを変えて100年前にも1000年前にも起きてます。人間の本質に変化がないから、いつの時代の人間もおんなじことを繰り返してしまうんです。
 ジブリのかぐや姫のアニメで、賃金不払いに不満を持った職人の内部告発によって貴族の偽装工作が明るみに出るくだりがありました。あれ、現代の諷刺と思った人もいるかもしれませんけど、原作の『竹取物語』にもちゃんと登場するエピソードなんです。平安時代にも現代人と同じズルをする人がいたから、作者もそれを物語で諷刺したのでしょう。

第1章 ありがた迷惑、火の用心

 いきなり、タブーへの挑戦から幕開け。火の用心という善意のシンボルを、無意味な儀式、ケガレのお祓いにすぎないと斬り捨てます。
 戦前には、拍子木がうるさくて迷惑という多数の苦情を受けて、警察が禁止令を出したこともありました。町内会で強制的に当番でやらされることへの不満も戦前から大勢の人が訴えてます。
 こういうことをいうと必ず、「寒いなかがんばってやってくれてる人に失礼だ」って怒る人が出てきます。だれもやってくれなどと頼んでないんですけどね。つらいだけで無意味だからやめてもいいですよ、と忠告してあげてるのに。
 暑さ寒さをガマンして苦行めいたことをすれば見返りにいいことがある、と素朴に信じてる日本人が想像以上に多いことに驚かされます。

第2章 治安のいい日本で暮らせてよかった〜!

 雑誌連載時には時事ネタフレーズを使っていたのですが、2年もたつと自分でもこれなんだったっけ? とわからなくなってしまいます。川越シェフの店では水がタダじゃないって騒動、みなさんおぼえてます?
 学校の修身の授業でウソをついてはいけません、人をダマしてはいけませんと教えていたにも関わらず、戦前の詐欺被害はいまの10倍もありました。
 そんな歴史的事実も知らない「有識者」とやらが政府とともに道徳教育の強化を推し進めてます。彼らには、私の本を読む「勉強会」の開催をおすすめします。

第3章 長くて短いクレーマーの歴史

 クレーマーが増えたのも、日本人の品性が劣化したせいにされてます。しかし明治・大正時代から、商店は理不尽なクレームに悩まされてきました。当時から苦情対応マニュアル本が何冊も発行されてたくらいです。
 むかしはクレームがなかったのではなく、消費者が泣き寝入りを強いられてただけ。60年代から消費者運動が盛り上がり、ようやく堂々と苦情をいえるようになったのです。

第4章 そうだ、長者に聞こう。

 長者に学んでお金を儲けよう! と思ったらその秘訣は土地転がしか……
 脱税を防ぐ目的ではじめられた戦後の長者番付と異なり、戦前の長者番付は高額納税者議員の候補リストとして作成されました。金と名誉をめぐる悲喜こもごも。

第5章 コーラとウーロン茶

 下戸のアイテム、コーラとウーロン茶。コーラはクスリ臭いから戦前の日本では受けなかったというのは俗説です。飲料業界の人たちもコーラが大好きだったのに、戦前に国産コーラが作れなかった理由とは。

第6章 まちがいだらけの自警団

 連載時、朝日新聞の「論壇委員が選ぶ今月の3点」に小熊英二さんがこの回を選んでくれました。
 本当に恐ろしいのは、悪人ではありません。おのれの「正義」に疑問を持たない善人にこそ、もっとも警戒すべきです。自分の正義を疑わない善人は、ふとしたきっかけで暴走し、正義の名のもとに他人の命を奪います。
 出稼ぎ労働者や失業者など町の異分子に放火魔の汚名を着せようとした昭和の自警団。関東大震災の直後、朝鮮人が暴動を起こしたというデマを根拠に、朝鮮人だろうと日本人だろうと警官だろうとおかまいなしに暴行・虐殺しまくった大正の自警団。
 近頃、その事実をねじ曲げ、狂気の自警団を正義の味方にまつりあげてる恥知らずな連中がいることに、憤りをおぼえます。

第7章 きれいなおねえさんは、好きですか?

 連載時にも好評だったし、自分でも今回一番好きなエピソード。戦前は、求人の際に美人があからさまに優遇されてました。その一方で、美人には、エロと犯罪がつきものだった時代。美人○○のランキングからわかる美人観の変遷。そして、美人女子アナの意外な真実も。

第8章 安全・安心ウォーZ

 いまや、日本各地で呪文のように唱えられる「安全・安心」。そのルーツと歴史を探ります。いい出しっぺは誰だったのか? 市民に不安を煽っておいて、安全・安心をエサに有権者を釣り上げようとする政治家たちの思惑。泥沼の戦況から抜けられない安全・安心ウォーの、明日はどっちだ?

第9章 ハイテンションな元気をもらいました!

 英語のハイ・テンションは、元気がよいって意味ではありません。テンションという和製英語の誕生と定着にまでは数々のドラマがありました。
 ところで、「元気をもらう」って日本語に違和感おぼえません? むかしは「元気になる」ものだったのに、いつから元気は贈与可能な物質になったのでしょう。元気の押し売りやめてくれ! 元気じゃなくてもいいじゃない! 

第10章 熱中症時代 戦前編

 現在有名スパリゾートがある場所の地下で、そのむかし、労働者たちが熱中症と戦っていたことは、あまり知られてません。
 高温多湿の日本では、明治大正時代から、こどもたちが熱中症でばたばた倒れまくってました。
 そして、被害は演習中の兵士にも。軍医たちが研究し提言した科学的熱中症対策を無視し、気合いと根性で克服させようとした日本軍。軍事教練中に熱中症で死ぬ兵士が続出し、激昂する遺族とマスコミの声は届くのか。

第11章 ありのままの敬老の日

 敬老を拒否する岡本太郎もすごかったけど、60年代にいちはやく、高齢化が医療や社会保障を危うくすることを警告していた武見太郎もすごかった。
 近年、老人の犯罪増加が話題ですが、老人はいいひとという世間のイメージを隠れ蓑に犯罪を繰り返す悪老人は、むかしからいたんです。
 『万葉集』でも『枕草子』でもディスられていた哀れな老人たち。そして現代の法律では、老人は成果主義で評価されている?

第12章 ウザい絆とキモいふれあい

 東日本大震災後、地域の絆をもっと深めようという主張が盛り上がってますけど、そんな必要ありますか? 私はむしろ、緊急の際には、知らないもの同士でも助け合えるものなんだなと感心しましたけどね。
 絆を深めた隣人が、自分と異なる意見の持ち主はぶっつぶせなんて暴言を吐く偏狭な人だとわかったらどうします? こんなヤツ助けたくないと思っちゃうかもよ。知らない相手のほうが助けやすいのでは。
 むかしに比べて日本人の絆やふれあいが薄れたというのも、根拠のない俗説です。親子の絆はいまのほうが確実に、気持ち悪いくらい強まってます。戦前までは、カネに窮した親がこどもを売りとばすのは普通のことでした。
 江戸時代の文献にも、「近頃は人情が薄れた」と書かれてるくらいで、いつの時代の人も同じことをいってます。

第13章 注文の多いブラック商店街

 いまでこそ人情をウリにする商店街ですが――他にウリにするものがないからだ、って皮肉はおいとくとして、むかしは無愛想で威張ってる商店主も多かったし、けっこうエグいこともやってました。昭和世代にとっては、商店街ってなんでも反対ばかりしてた人たち、ってマイナスイメージも強いんですよね。
 ネオンも欲望もギラギラ輝いていた昭和の商店街。ネオンさんもご苦労さん。

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