『偽善のすすめ』の内容紹介と解説

偽善のすすめ
河出書房新社 刊
税別1200円
2014年2月発売


 私は一冊の本にさまざまなテーマを盛り込むことが多く、いわば短編集ばかり書いているような感覚なのですが、今回の本は「偽善」ワンテーマ。いつもとちがって、長編を一冊書き上げた気分です。
 偽善については、『13歳からの反社会学』のラストでも取りあげてます。オトナになるというのは、偽善者になることなのだ。だから偽善者になれ、という衝撃的な結論に達したところで紙幅が尽きてしまいました。
 他の仕事にとりかかっていたもので、三年あまりかかって、ようやく偽善についてとことん考察した本をカタチにすることができました。
 偽善についての論考は、筆者の個人的道徳観をつづっているだけのものが多いんです。偽善の歴史についてくわしく調べた上で、文化史的、社会学的、倫理学的にまとめ、なおかつだれにでも読みやすく仕上げた本は、これが日本初、いえ、世界初なのでは。
 この本の発売直前に、坂上忍さんが『偽悪のすすめ』という本を出されたのでビックリしましたが、まったくの偶然です。

 第1章 偽善って、なんだろう

 この本は、立ち食いそば屋兼古本屋「ブオーノそば」にて、店主のパオロと客の会話形式で話が展開します。私の作品ではおなじみの形式。
 今回の客は、近所の中学校に通う亜美さんと豪太くん。亜美は『13歳から……』に登場した愛美の妹。豪太は『13歳から』の留吉の後輩です。
 学校側の事情で、亜美が所属する弁論部と豪太が所属する落研が合併させられ、落弁部という奇妙な寄り合い所帯の部活動が誕生したのでした。
 亜美はディベート大会に出場したくて弁論部に入部しました。が、部員数も少なく、他のみんなにあまりやる気がないのが不満な様子。自分では、論理的思考でクールに相手を論破できると思ってるけど、じつは感情が顔に出やすいタイプ。
 豪太は恵まれたアスリート体型をしてるのに、スジが通ってないことが許せない、非常にめんどくさい性格ゆえに、先輩や先生と衝突しては運動部をやめることを繰り返してきました。で、最終的になぜか落研に流れ着いたという。
 そんなこじらせ気味なふたりの生徒のお披露目もかねて、まずは電車で老人に席を譲るのは偽善なのか、というテーマで議論がはじまります。
 はたして譲りかたや気持ちによって、偽善であったりなかったり、変化するのでしょうか。

 第2章 偽善の実態を見てみよう

 1960年に出ていた高校生向け雑誌の偽善特集をきっかけに、寄付は偽善なのか、について社会学的に考えます。世界中の寄付に関するデータやアンケート調査の結果から、寄付に対する日本人特有の意識が浮かび上がりました。
 アメリカ人は節税のために寄付をしているという通説についても調べました。
 そしてこれまた議論のつきない、寄付は匿名ですべきなのかという問題。これには歴史と現状から迫ります。

 第3章 偽善くん波瀾万丈 下積み艱難辛苦編

 ここからは、偽善の歴史を文化史・思想史両面から詳しく見ていきます。
 世界で最初に偽善を批判したとされるのはだれなのか。
 そして、日本で偽善が最初に登場したのはいつなのか?
 ちょっとだけネタバレをしますと、日本で偽善という言葉が使われるようになったのは明治以降です。江戸時代までは偽善という言葉は日本語には存在しなかったのです。
 社会≠竍自由≠ニいった言葉とともに、英語からの翻訳語として明治初期に登場した偽善≠ナしたが、たちまち人気者になった社会や自由に大きく後れをとる偽善。偽善という言葉が一般市民に認知されるまでの経緯を、明治大正期の文献からあきらかにします。まるで短編小説のような、大正時代の新聞投書や身の上相談にあらわれた偽善の話は必読です。

 第4章 偽善くん波瀾万丈 成り上がり絶頂編

 戦前までは蔑まれていた偽善でしたが、戦後、1950年代・60年代の思想界・文学界に、偽善を肯定する言説が続々登場します。なんという意外すぎる展開。中野好夫、福田定良、丸山真男といった面々が、偽善の効用を説いたり、自らも偽善者であると宣言したりするのです。
 なかでも福田定良の『偽善の倫理』は偽善について深く考察した画期的な名著です。「おまえは偽善者だ」という批判に含まれる卑怯な罠についてとか、偽善はバレなければ偽善ではないという鋭い指摘。
 4章の最後では、偽善をやめて自然体で生きることが、はたして本当にしあわせなのか? 偽善者であり続けることは不幸なのか? 倫理学的な命題を検討します。

 第5章 偽善くん波瀾万丈 暗雲凋落編

 思想家たちからの支持を集め、つかのまの絶頂を経験した偽善ですが、70年代、はやくも雲行きが怪しくなります。同じ福田でも、福田恒存は偽善否定派でした。週刊誌などでも偽善は究極の悪徳のように扱われはじめます。気にくわないヤツにかたっぱしから偽善者のレッテルを貼るようになったのがこの時代。薄っぺらい正義を振りかざす連中が、偽善を批判して正義の味方ヅラをするいけすかない時代の到来。

 第6章 偽善くん波瀾万丈 不死鳥編――偽善者になろう

 いよいよ最終章。なぜ50・60年代に偽善を支持する人たちがあらわれたのか? 私なりに理由を考えてみました。
 80年代以降、地に落ちた偽善の評価ですが、2000年代になると、わずかながら再評価の兆しが見えてきます。
 これまでの偽善史を踏まえ、パオロが出した結論とは。亜美と豪太は納得するのでしょうか。感動のラストが待っています(ホントかよ)

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