第4回
パラサイトシングルが日本を救う

Ver.1.1


お知らせ

 この回の内容は、『反社会学講座』(ちくま文庫版)で加筆修正されています。引用などをする際は、できるだけ文庫版を参照してください。

●「若者の自立阻む街」

 今回から「不公平とはなにか」をテーマに何回か講義をします。みなさんの目から、ウロコをたくさん落として差し上げたいと思います。いろいろな資料に当たる時間が必要で、だいぶ間があきました。講義をさぼって合コンに行ってたというのは、デマです。

 早速ですが、読売新聞平成12年7月7日夕刊より。「若者の自立阻む街」と大書された見出しと共に、都築響一さんのコラムが掲載されています。ちょっとばかし長いので、要約して紹介しましょう。

 都築さんの観察結果によれば、自宅から通学する大学生は、東京より関西のほうが多いようなのです。ワンルームのアパートの家賃が東京では6、7万円。京都や大阪では4、5万。ところが、家賃には「敷金・礼金」がつきものです。東京では敷金礼金ともに、1、2か月分ずつが相場です。ところが関西では3、4か月分が相場なのです。結局、不動産屋の仲介手数料などもろもろを含めると、関西でひとり暮らしを始めるには、家賃の10か月分くらいを用意しなければならないのです。さらに悪いことに、敷金も返してもらえないようなのです。敷金は本来、補償金なので、部屋を出るときには返してもらえるはずなのですが、関西ではなにかと難癖をつけて返さない大家が多いらしいのです。

 と、いうことなのですが、これは関西圏に住んだことのない人にとっては、かなりびっくりする事実ではありませんか? 10か月分の家賃といえば、安くても40万ですよ。若者がいますぐ自立しようと思ったら、借金するしかないのです。そして若者に簡単にカネを貸してくれるところといえば、サラ金くらいしかありません。風の便りに、もっと凄い証言も聞こえてきました。昔は20か月分前渡しを要求されるケースまであったそうで、これでも事態が改善されたのだとか。食い倒れの大阪、着倒れの京都ではありますが、住むところがなければ行き倒れです。

 消費者物価指数にも家賃の項目はあります。民間の調査会社の資料でも似たようなもので、データ上ではたしかに東京がダントツの一位で、その他の地方は安くなっています。ところが、データはウソをつく。まさにこれです。漫然と毎月の家賃だけを調べていたのでは、思わぬ落とし穴にはまるのです。

 最近では、電話にも似た現象が見られます。黒電話――なんていいませんね、もう。一般加入電話、家にひく電話のことですが、その通話料金に比べると、携帯電話は割高です。しかし、家の電話は最初にひくとき、7万数千円もかかるのです。これは工事代金ではありません。すでに部屋にジャックがあって、コードを差し込めばいい状態になっていても、この金額です。ですからひとり暮らしの若い人で、携帯しか持たない人が増えているのもうなずけます。現実に、一般加入電話の契約者数は1997年以降、減り続けているのです。


●大家とは何者か? その知られざる実態

 敷金は補償金と見なせますが、礼金には、じつは法的な根拠はなにもありません。単なる昔からの慣習です。ですから地方ごとにまったく事情が異なります。札幌・名古屋・福岡などの一部地域では、礼金という概念が存在しないところもあるくらいです。つまり礼金の有無・金額は、大家さんが勝手に決めてるわけです。むちゃくちゃ不公平なのです。しかし資本主義経済の下では、値段のつけかたは自由ですから、仕方がありません。(もちろん、その値段で客が納得するかどうかは別問題ですが。)

 それより、不思議に思いませんか。コンビニだってデパートだって、お金を受け取る側が「ありがとうございました」というのが常識ですし、それができない店は、中谷彰宏さんが「サービスの悪い店」として本で取り上げて懲らしめてくれます。それなのに住宅の場合は、お客さんである借り手のほうが「お礼」をしなければなりません。日本では大家さんというのは、皇族並みの敬意を払われる存在なのです。

 ひとり暮らしの若者を受け入れてくれる公営住宅はほとんどありませんから、どうしても民営のアパート・マンションに住むことになります。若者が頑張って働いて得た賃金の20パーセント以上が、大家さんの懐に入っているのです。

 ところで、大家というとみなさんは、家賃収入だけで慎ましく暮らす老夫婦なんてイメージを思い浮かべるのではありませんか? さて、実際のところはどうなのか。統計データからその真実の姿を明らかにしましょう。

 大家になる第一歩は、余ってる土地に住宅を建てるところから始まります。そこで、総務庁の行った「平成10年住宅・土地統計調査」を使用します。これによると、現住居以外に住宅を持つ人(正確には個人でなく世帯主)は、全体の8%です。ところが、この数字は年収によって大きな偏りが出ます。データ処理の初心者は、すぐに全体像と平均値を求めたがりますが、それは最も愚かな行為です。日本の国土をすべて平らにならしたら海抜何メートルになるか、なんて数字はクイズとしてはおもしろいけれど、まったく無意味です。キャバクラでそんな話を自慢げにしても、「ふーん」といわれるのがオチです。よくて、「わー先生、超物知りー。ビールもう一本いい?」くらいのものです。

現住居以外の住宅所有率

 上のグラフからもわかるように、年収1000万円を超えるあたりから、所有率は跳ね上がります。年収2000万円以上ともなれば、39.6%が現住居以外の住宅を所有しているのです。さらに別の資料によると、所有戸数にも同様の傾向が見られます(平均は2.7戸ですが、年収2000万円以上は6.5戸)。つまり、金持ちほど、より多くの家を持っているわけです。

 年収2000万円以上の人、といちいち書くのが面倒なので、以下、年収2000万円以上の人を「お金持ち」と定義します。そういう世帯主は、全世帯中の1%、50万人弱しかいませんので、乱暴な定義とはいえないはずです。

 では、そのお金持ちのみなさんは、現住居以外の住宅を何に使っているのでしょうか。別荘? なるほど。筋金入りの貧乏人にありがちな発想です。現住居以外の住宅は日本全国に880万戸ほどありますが、その7割が借家用なのです。お金持ちで別荘を持ってるのは、たったの6.8%です。意外ですね。夏ともなれば高原の別荘に滞在し、血統書つきの高級な犬を「さあおいで、ルードヴィッヒ。おいおい、じゃれるなよ、わっはっは」などと、これ見よがしに散歩につれていくのがお金持ちのライフスタイルと思ってませんか。それは妄想です。

 一方で、お金持ちの20.4%は賃貸用の住宅を所有しています。お金持ちは別荘などという無駄なものには興味がないのです。儲けたカネで土地を買って借家を建て、家賃収入でさらにリッチになる――この金持ちスパイラルとでも呼ぶべきやりかたが、お金持ちの正しいライフスタイルなのです。海や山に別荘を建てるくらいなら、むしろ都市部にマンションを建て、「パパ、あたし、ひとり暮らしがしたいの〜」と駄々をこねるお嬢様を住まわせるのが賢明です。10.3%のお金持ちが実践しています(現住居以外の住宅を、親族居住用として使用)

 大家になるには、アパート・マンション・一戸建てを建てるだけの土地を持っていなければなりません。これは絶対条件です。しかもその土地が、通勤などに便利な都市部に近いことも必須です。つまり、大家さんというのは、もとから結構リッチな資産家なのです。管理人も兼ねて貧乏アパートに住んでいる年老いた大家なんてのは、少数派なのです。

 お金持ちもまた、全体の1%しかいない少数派です。基準をゆるくして、年収700万円以上に広げても、全世帯の26%でしかありません。ところが、この26%の人たちが、日本にある現住居以外の住宅の50%強を所有しています。このように、富は偏在するのです。不公平なのです。


●若者の独立が不公平を激化させる

 社会学の研究から広まった「パラサイトシングル」という言葉が、流行語にまでなりました。成人後も親と同居する人を指す言葉です。日本特有の現象とされていますが、これは誤りです。アメリカで1992年に発行された、ステファニー・クーンツさんの『家族という神話』に、こうあります。

 一九九〇年には、十八歳から二十四歳の若者の半数以上が親と同居していた。……二十五歳から三十四歳までの成人のうち、九人に一人が親の家に住んでおり、……親のお金に頼っているにもかかわらず家の中の責任をより多く分担しようとはしない。

 第1回で指摘したように、社会学の研究対象があまりに多岐にわたるようになってしまったので、他の研究者のレポートを参照することが不可能になってしまいました。これがいい例です。日本国内で進行している様々な社会問題を研究しつつ、海外の情勢にまで目を光らせるなどという余裕はないわけです。

 イタリアでも親同居者は増えています。国立人口研究所のロッセラ・パロンバさんは、25歳から34歳の働く男女の4割が両親の家で暮らしていると報告しています。イタリアでは彼らを「マモーニ」と呼んでいます。ただしこれは、日本のパラサイトシングルとは少々定義が異なります。30代から40代の比較的高所得のホワイトカラーで、実家に住み続ける「男性」に限定されます。アメリカCBSテレビの女性レポーターは、マモーニたちにインタビューを試み、盛んに呆れ、憤慨していました(おそらく彼女は、他人を蹴落とし出し抜いてテレビレポーターの地位を手に入れた、自立した女なのでしょう)。しかしマモーニ当人たちも両親も、何が悪いんだい? と自信に満ちた表情だったのが印象的です。社会や世間からなんといわれようと、個人の生き方は自由で変える必要がないとするイタリア人気質がよく現れていました。

 韓国にも似たような例は多いそうですし、どうやらパラサイトシングルは、家族形態のグローバルスタンダードとなりつつあるようです。

 パラサイトシングル批判の根拠は、ひとり暮らしをする若者と、親と同居する若者の間に経済格差があって不公平だとするところにあります。もっともらしい正論ですが、これにもまた、経済面から見て重大な誤りがあります。この論理は旧ソ連などの統制経済のもとでは正解ですが、いまや世界中の国が自由主義経済で動いています。物価はすべて需要と供給の関係で決まるという、大原則を忘れてはいけません。

 バブル崩壊以降、家賃相場は下がっています。「空前の借り手市場」とまでいいきる人もいるほどです。一般に、アパート・マンションは9割以上の部屋が埋まっていないと、うまい儲けを期待できないといいます。ヘタすると赤字経営になるため、空き部屋を作らないことがアパート経営の至上課題なのです。当然ここでも需要と供給の原則は当てはまります。借り手が少なければ、家賃は下がるのです。親元にとどまる若者が増えたのも、家賃相場が下落したひとつの要因です。

 意外に思えるかもしれませんが、ひとり暮らしの若者も、じつは、パラサイトシングルが増加したことの恩恵に浴しているわけです。仮に全国に1000万人いるとされるパラサイトシングルが、全員ひとり暮らしを始めたとしましょう。そこで起こるのは、急激な「貸し手市場」への転換です。需要が大幅に供給を上回ることとなり、家賃は急上昇します。そうなれば、いま現在、ひとり暮らしをしている若者も、否応なしに家賃の値上がりに直面するのです。(現実に、アメリカのシリコンバレーでは、技術者が大量流入して家賃の暴騰が起こり、5年間で1万人が家賃を払えずにホームレス状態へと追い込まれました。)

 すでに述べたように、多くの場合、若者の収入は低いので、支出の中に占める家賃の割合は高いのです。20%以上になります。それがさらに搾り取られる結果になります。パラサイトシングルが減れば、たしかに若者の間の格差は縮まるかもしれません。ただし、若者全員がいまより苦しい経済状態に陥って、ですが。

 それより捨て置けない問題は、彼らが払った家賃の行く先です。若者が苦労して稼いだ収入が、家賃として「お金持ち」である大家の懐に収まってしまうのです。ひとり暮らしの若者が増加することによって、得をするのは大家だけです。そして今回の検証でおわかりになったと思いますが、大家というのは、少数の富裕層に属する人たちなのです。ひとり暮らしの若者が増えれば増えるほど、若者はより貧乏に、お金持ちはより贅沢な暮らしができるようになるだけのことです。これのどこが、公平な社会なのでしょうか。


●現実的な処方箋

 利用可能な平地が少ないせいも手伝って、日本ではどうしても土地の奪い合いになり、土地を持つものと持たざるものの間で貧富の差が生まれます。利用価値の高い都心部に、他人に貸せる土地・住宅を持つことは、それだけで相当の強みになります。となると、日本で不公平を生まないためには、世帯数を増やさないことが肝心です。安易にひとり暮らしなどを始め、むやみやたらに世帯数を増やしてはいけないのです。なるべく同じ土地の上に大勢で住むことが重要です。寄生はいかんなどと、きれいごとをいってる場合ではありません。可能なかぎり親と同居してください。将来、少子化が十二分に進行してから、独立を考えましょう。

 そういったことを踏まえ、私から現実的な処方箋を提案しましょう。私が注目するのは、老人です。

 高齢化の波が止まりません。ひとり暮らしの老人も増え続けています。「ジジババと一緒に住むなんてウザい。面倒は見たくないけど遺産はほしいから、早いとこくたばれ」と合理的に考える人が増えたのです。これを専門家は、「核家族化が進行した」といいます。65歳以上の単身世帯は、1990年には162万、95年には220万と、確実に増加傾向にあります。ある予測では、2020年には75歳以上の単身世帯だけでも、306万になるとのことです。

 先ほども使った住宅・土地統計調査と合わせて考えてみましょう。65歳以上の77%、670万世帯が住宅(自宅)を所有しています。ということは、持ち家でひとり暮らしをしている老人が、相当いる計算になります。ワンルームの持ち家というのは、めったにありませんから、家の中に空き部屋もたくさんあるのです。

 そこで私が提案するのは、「下宿」の復活です。西洋から来た個人主義やプライバシーを、日本人はひどくねじ曲げて解釈しました。一軒の家に、個人・カップル・親子が暮らすことが近代的な西洋文明だと思っている人が多いようです。それでなければプライバシーが保たれないとも感じているようです。

 そうではないのです。他人同士が同じアパートに住むことは、欧米では決して珍しいことではありません。カネのない学生にとっては常識です。ただし、日本と決定的に違うのは、アパートの広さです。日本人の感覚で貧乏学生の同居というと、まるで六畳一間に3人が雑魚寝してそうですが、欧米はもっと優雅です。2LDK、3LDKのアパートを、2、3人で借りるのです。だから、他人同士が同居してもプライバシーは保てます。

 日本でも昔は、家の空き部屋に下宿人をおいていたではありませんか。一人一部屋をあてがうのだから、プライバシーは守れます。ところが日本人は、妙に人間関係にまで清潔志向が強くなって、赤の他人とひとつ屋根の下で住むことを嫌うようになりました。

 せっかく老人の家に空き部屋がたくさんあるのです。これを活用しないのは、住宅資源の無駄です。しかもアパートと違い、自宅を貸すのです。現住居以外の土地を持たない中流の人でも、家賃収入を得られます。通常のアパートとの競争原理が働きますから、家賃は安目に設定されるでしょう。そうなればアパートの家賃もさらに下がり、借りる側の若者にとっては大きな福音です。結果的に、上流、中流、下層の格差が縮まります。

 東京都だけでも年間1200人の独居老人が、自宅で孤独死している現状も考慮してください。だれであれ同居人がいれば、死後何週間も経ってから近所の人が腐臭で気づくなんて痛々しいことも防げます。

 ボランティアの強制がどうとか、やたらとうるさい昨今ですが、こういう形の共生も、お互いを助け合うボランティアの一種ではないでしょうか。お金のやりとりがあるとボランティアにはならないなんてのは、狭量な意見です。ボランティアは「心」なのですから。息子や娘が一緒に住みたがらないのなら、いっそのこと他人同士で暮らそうではありませんか。独居はやめて、雑居をしましょう。それが日本を公平にします。


今回のまとめ

  • 大家さんはお金持ちです。不公平です。
  • ひとり暮らしの若者が増加すると、お金持ちはますますリッチになります。不公平です。
  • パラサイトシングルの奨励、そして独居老人宅への下宿の促進が、公平な社会を実現します。

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