第16回
夏季限定首都機能移転論

お知らせ

 この回の内容は、『反社会学講座』(ちくま文庫版)で加筆修正されています。引用などをする際は、できるだけ文庫版を参照してください。

●地球にやさしくない高校野球

 アメリカ映画『アライバル』は、地球温暖化の原因について、大胆な仮説を披露しています。寒がりのエイリアンが地球を住みやすくするためにあたためているというのです。エイリアンたちは地下の秘密基地で二酸化炭素の球みたいなものを製造し、地上にこっそり打ち上げています。

 惜しむらくは、その事実を暴く主演俳優です。演技がどうこうの批判ではなく、この映画の主役は太っている人にすべきでした。太っている人はたいてい暑がりです。彼らにとっては地球温暖化は切実な問題ですから、寒がりのエイリアンによる地球侵略のおそろしさが、もっと強く観客に伝わったはずです。

 太っていて暑いのなら、痩せればいいじゃないか――あ、いいましたね。その言葉を待っていたのです。そうなんです。ちょっとの努力で体脂肪を減らせば、夏場を少しは涼しく乗り切れます。他人に「ちょっとは努力しろ、おまえは甘えてる」というのは簡単です。だって、努力するのは自分じゃないんですから。それがいざ、自分が努力しなければいけない側になってみると、甘えてしまうのが人間の性(さが)です。

 ちょっと努力してタバコをやめて健康になろうとか、ちょっと努力してブサイクな女房と子供を作って少子化を防ごうとか、サラリーマンのみなさんがちょっと努力して夏場に背広を脱ぎ、地球温暖化とエネルギー資源のムダ遣いを防ごうだとか、思うのだけれど、実行できない。→落ち込む。→相田みつをの本を読む。→癒される。→その間にも地球環境や社会情勢は、刻一刻と悪化する……と、まあ、こうした負の連鎖反応により、世の中が悪くなるのです。

 電力危機が叫ばれています。そこで今回は、地球温暖化とエネルギー危機を防ぐ方法を早急に、しかも社会学的に検討しましょう。社会学的な方法論とはなにか。それは、「世の中が悪くなったのは、自分以外の誰かのせいだ」と証明することです。そうすれば、自分は努力せずに世の中を良くできるので、とてもしあわせです。地球温暖化や電力危機も、自分以外の誰かのせいにして、その人たちに努力してもらいましょう。

 サマータイムの導入で照明にかかる電力を節約しようという意見は一部で根強く残っているのですが、これはほとんど意味がありません。資源エネルギー庁の資料を見ると、照明が電力の消費量を左右していたのは昭和42年までのことなのです。しかも当時の電力消費は、日照時間の短い冬場にピークを迎えていました。現在では北海道を除き、年間の最大電力使用量は8月の午後2時から3時頃に記録されます。その原因は冷房です。

 このため、しばしばやり玉に挙げられるのが、夏の高校野球決勝戦です。そもそも8月の平均気温が28.4度、最高気温が33度にもなる大阪で行われていること自体、選手にとっては過酷な条件です。玉木正之さんは、1試合しかない決勝戦まで午後1時から行うのは国民的狂気だと批判しています。スポーツライターの玉木さんならずとも、多くの人が疑問に思っているはずです。小学校の先生たちは、夏休みの宿題は涼しい朝のうちにやってしまいなさい、と指導します。なぜだと聞くと、涼しいうちのほうが効率が上がるからと答えます。それなのに、スポーツにかぎっては、効率の悪い暑い午後にやらせています。

 高校野球決勝戦のテレビ視聴率は平均して12%くらい、うまく土日に重なれば、25%はカタいです。ということは、炎天下で高校生が苦しむ様を、冷房の効いた快適な部屋で冷たい麦茶でも飲みながらテレビで観戦している「他人の痛みがわからない」&「地球に優しくない」人が、少なくとも560万人はいることになります(視聴率は世帯数であることに注意して計算しましょう)。高校野球では部員の不祥事が発覚すると出場辞退を迫られますが、高校野球そのものが地球環境にとっては不祥事です。

 エアコンの設定温度が1度違うだけで消費電力は10%違うといいますから、いかに冷房の使用――とくに大都市での――を押さえるかが省エネルギーのカギになります。尾島俊雄さんの著書によれば、東京で夏の気温が1度上がると、消費電力が160万キロワット増加し、そのぶんの電気料金は200億円とのことです。

 ということは、地球温暖化が進むと電力会社はますます儲かるのか、さては地球温暖化は電力会社の陰謀か、などと考えがちですが、そうでもないのです。電力会社は発電設備を使用量の多い夏場に合わせて建設しなければなりません。すると、春・秋・冬は設備が遊んでしまい、ムダな施設維持費がかかるのです。


●背広を着ないと失礼か

 そこで冷房の設定温度を高くしようとするとネックになるのが、背広です。読売新聞2000年7月11日夕刊記事によると、半袖シャツの人は気温27度でも快適なのに、背広を着ている人は24.4度まで下がらないと快適と感じないのです。

 大手企業のサイトを見ますと、いかに環境に配慮しているかを自慢するのがトレンドとなっています。でも、夏場の軽装を自慢する企業はほとんどありません。会社訪問をする学生に「環境に配慮して軽装で来なさい」と呼びかける企業もありません。

 関西の自治体と商工会議所が中心の団体、関西広域連携協議会は、毎年夏になると「関西夏のエコスタイルキャンペーン」と称して軽装(上着とネクタイを着用しない)を呼びかけています。しかし協議会のアンケート(平成14年)に対し、軽装を実施していると回答した企業は57%。協議会は4年前の30%よりは前進だと楽観的ですが、じつはこのアンケートの落とし穴は、企業の回答率がたったの28%だったことです。つまり、28%のうちの57%ですから、全体から見ればたったの16%でしかありません。

 企業の広報・宣伝部は、自社のイメージを悪くするような回答をするくらいなら、アンケートをゴミ箱に捨てるほうを選びます。ですから、無回答だった7割の企業では、夏場の軽装を実施する意志がない、と考えるべきです。

 軽装に乗り気でない企業があげている理由は、「社会に容認されておらず、相手に失礼」が63%、「ビジネスマンとして正装は当然」13%など。背広を着ないのは失礼かつ不自然であるとの認識、これが企業文化です。

 ではここで、若い女性に人気の心理テストです。想像してください。ある夏の暑い午後、あなたの家に3人の男性ビジネスマンが訪ねてきました。3人とも笑顔がとても爽やかです。ひとりは上着を着ていませんが、ネクタイは締めています。もうひとりは上着とネクタイ着用ですが、下は短パンです。3人目はネクタイと靴下以外、なにも身につけていません。さあ、どのビジネスマンが失礼だと思いますか。失礼だと思う部分を指でタッチしてください。これであなたの恋愛依存度がわかります。

 心理テストは便利です。結果に異議を申し立てても、「いや、あなたがそう思ってなくても、深層心理ではそうだから」と押し切ることができるのです。
「なんでそうなの?」
「深層心理でそうだと決まっているんですよ」
「だれが決めたの」
「フロイトとかユングとか」
「連れてきてよ、その人」
「もう死んでます」
「死んだ人に、なんであたしの恋愛依存度がわかるのよ」
「フロイトやユングの学説をもとに、私が判定するんですよ」
「ほら、結局あんたが決めてるだけでしょ」
「……あなたの性格が歪んでいるのは、幼少時のトラウマに原因があると思われ」

 心理学では、心理学者に逆らう者は、すべて心に傷をかかえた精神異常者とみなされます。社会学者と心理学者がタッグを組めば、統計操作と深層心理を駆使して、どんな理論も思いのままに正当化できます。ヒーローものの特撮やアニメでは、悪役として登場する博士はマッドサイエンティストと相場が決まっています。だから悪の組織はいつまでたってもヒーローに勝てないのです。世界征服をたくらむなら、むしろ、”死神社会学者”や”地獄心理学者”といった文系の悪役をヘッドハンティングすべきです。

 話を戻しましょう。なぜ背広を着ないと失礼なのでしょうか。心理学者に聞いてもらちが明かないので、中野香織さんの『スーツの神話』を参照します。中野さんは猛暑の中でも背広を着ることの意味を分析しています。
1・同じ制度の中で生きる者同士である共感を、苦痛と辛抱で感じあう。
2・苦痛や試練を自分に強いることから生まれる優越感。
3・ダンディズム的やせがまんにより、「男」としてのセクシーさをアピール。
 私なりにこれを要約しますと、「見栄」ですね。見栄が地球を滅ぼすのです。


●背広を着られる気温

 いまさらいわなくともご存じでしょうが、背広はイギリスで生まれた衣装です。民族衣装は基本的に、各地の気候に適したものが発達します。たとえば、スコットランドの男性はキルトというスカート状の民族衣装を身につけます。これは、スコットランドが雨がちで地面がぬかるんでいることが多いという気候条件に適応したものなのです。

 では、背広発祥の地ロンドンはどうでしょうか。ここ30年間の月別平均気温を見ますと、1・2月が最も低く4.4度。一年中で最も暑い7月でも17.1度です。エマニュエル・ル=ロワ=ラデュリによれば、15〜16世紀のイギリスは現在より暖かく、ワイン用のブドウ栽培が行われるほどでしたが、背広の原型が登場した19世紀後半には、すでに現在の涼しい気候になっていました。ですから背広は、気温が4度から17度の地域で着るためのものなのです。気温が20度以上になる地域では、衣服としての機能を果たさないのです。

 17度といったら、東京や大阪では4月や11月の気温です。ちなみに東京の月別平均気温は以下の通りです。
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
5.86.18.914.418.721.825.427.123.518.213.08.4

 東京の8月は、ニューヨークよりもロサンゼルスよりも暑く、マレーシアのクアラルンプールとほぼ同じ気温です。クアラルンプールといえば、赤道にほど近い熱帯の街です。イギリス人だって、植民地だったバミューダ諸島では、短パン(バミューダショーツ)をはいていたというのに、日本人は灼熱の夏の東京で(もっと暑い大阪でも)背広を着て、冷房をギンギンにかけて、地球環境を破壊しているのです。まさに国民的狂気といえましょう。


●夏季限定首都機能移転

 ここまで説得しても、それでもどうしても背広は脱げないとおっしゃる。それなら、仕方がない。発想を転換して、背広を着られる地域に行きましょう。夏季限定首都機能移転です。冬場の気温は東京もロンドンも大差ないので、東京のままでいいとして、夏の間は背広を着られるところへみんなで移動すればいいのです。

 暑いときは涼しいところへ、寒くなったら暖かいところへ。これをいち早く実践していたのは、放浪の画家、裸の大将として知られる山下清です。山下清は、非常にエコロジカルな生き方を50年以上前に実行していたのです。おなかがすいたら、おにぎりをもらって食べていました。線路の上を歩いていけば目的地に着くことを知っていました。現在では大橋巨泉さんが季節ごとに移動する生活を実践していますが、大橋さんは海外に行ってしまうので反則です。いくらなんでも首都機能を海外に移転するのは非現実的です。

 首都機能移転というのは、国会とか省庁だけが移動するのだろうとお思いかもしれません。しかし、日本の大企業は管轄官庁とべったりで、何をするにもお役人のお伺いを立てなければ始まりません。関西で創業した企業が本社機能を東京に移転する例が多いのも、あながちこれと無関係ではありません。経団連も首都機能移転には非常に前向きな姿勢で支持を表明していますので、省庁が移転すれば、多くの企業がくっついて移転するはずです。当然、企業のお偉方と議員や官僚のみなさんがナイショ話をする高級料亭も移転するはずです。

 そうと決まれば問題は、どこに移転すべきかです。条件は2つ、夏場の気温が低いところで、なおかつ、高級料亭が食材を仕入れやすい海の幸の豊富なところ。

 首都機能移転先候補地として栃木県が名乗りをあげていますが、内陸なのでふさわしくありません。前出の関西広域連携協議会は、首都機能移転先として三重県を推しています。こちらは海の幸はともかく、気温が問題。津市の8月の気温は27.1度、東京とまったく同じです。これでは、夏の軽装運動を永久に続けるはめになってしまいます。

 要は、ロンドンと同じ気温の場所を日本国内で探せばいいのですが、じつはこれがないのです。避暑地の定番、軽井沢でさえ、8月の気温は20.3度。北海道でも、札幌のような大都市ともなれば、ヒートアイランド現象のせいで22度になります。日本国内には、8月の平均気温が17.1度を下回る都市は存在しないのです。

 ようやく、かろうじて条件に近いところを見つけました。北海道の根室です。海の幸は豊富です。8月の平均気温が17.3度ですので、ここなら背広を着てのびのびと仕事ができます。ただし根室は、1月になるとマイナス4度まで冷え込むのが難点です。日本では、夏涼しいところは、冬は極寒の地に変貌します。ですから、夏と冬で首都を移動させるのは、日本では理にかなったやりかたといえるのです。

 しかし、こう考えてみますと、ロンドンの夏17.1度、冬4.4度という気候は、夏涼しくて冬暖かい、驚くほど恵まれた自然条件であることがわかります。このぬるま湯につかったような気候のせいで、イギリス人はふにゃふにゃ――いえ、イギリス紳士は一年中背広を着ていられるのです。


●夏季限定首都機能移転の経済効果

 首都機能を移転するとなると、そのための整備や建設が必要となりますので、大量の公共事業が行われます。めざましい経済効果です。春と秋に大量の人間が移動するのですから、運輸関係の業種にとっては、すさまじい経済効果です。

 あっ、だれですか、「そんなのはムダ遣いだ」とボソボソつぶやいているのは。ムダは禁句ですよ! いまや、「ムダ」を「経済効果」といい替えるのは、諸官庁や特殊法人の間では常識です。「ムダな支出が5兆円」と聞けば、誰もが腹を立てますが、「経済効果が5兆円」ならば、国民の賛同を得られます。「ふれあいの経済効果で5兆円」に至っては、声に出して読みたい日本語です。三色ボールペンで線を引いておきましょう。

 そもそも、日本には昔から帰省という習慣があって、盆と正月に国民が大移動しています。国土交通省の資料で、平成14年のお正月期間における各交通機関の利用者数などを見てみましょう。JRの特急・急行が1029万人、国内航空が420万人、高速道路が622万台。

 高速道路の渋滞を見れば、帰省が環境に悪く、地球温暖化の一因となっていることは明らかです。三和銀行が98、99年に首都圏と近畿圏の主婦を対象に行ったアンケート調査では、1回の帰省に8〜10万円かかるとのことです。それでも、帰省をムダだからやめろとか、帰省する人に環境税を払わせろなどという議論は起こりません。だったら、夏季限定首都機能移転によって、もう1回くらい往復が増えたからといって、目くじらを立てるほどのこともないでしょう。もっと早く根室への首都機能移転が実現していれば、エアドゥーの経営も順調だったはずです。

 根室に首都が移転すれば、北海道内での自動車の移動量も増えます。いまのところ、根室から札幌のすすきのまで遊びに行きたいと思っても、クルマで8時間半はかかりますが、計画中の高速道路をすべて開通させれば、4時間半で行けるようになります。ついに、北海道の高速道路にクマより多いクルマが走る日がやってきます。

 ということで、ちょっと気になったのでついでに調べてみました。平成13年の北海道横断自動車道(十勝清水〜池田・50.3km)の1日平均交通量が1040台。門崎充昭さんと犬飼哲夫さんが推計した、1984年時点での北海道全域のヒグマ生息数が、およそ2000頭です。比較するには微妙な数ですね。日によっては、クマがクルマより多いこともあるかもしれません。ともあれ、根室への夏季限定首都機能移転を実行しなかったことが、鈴木宗男さんの最大の失策です。


●環境問題はED3P

 さあ、これで夏でも背広を着たままで快適に仕事ができるようになりました。しかし、もとはといえば、背広が地球環境を破壊するという前提のもとで始まった根室への夏季限定首都機能移転ですが、輸送手段や建設工事でかえって環境を破壊するという矛盾も生じます。環境問題というのは、すべてこういう図式が成り立つのです。あちらを立てればこちらが立たず、EDの3Pみたいなものです。

 ただ、みなさんに念を押しておきたいのですが、地球温暖化については、いまだ科学者たちの一致した結論は出ていないのです。温暖化と二酸化炭素の因果関係はあるのか。本当に温暖化が異常気象の原因なのか。裸足で歌う女性シンガーの増加は温暖化と関連があるのか。どれひとつとして、科学的な論争に決着はついていないのです。

 もっともらしいシミュレーションを行い、100年後の海面上昇や気温がどうのとかいってますが、1週間後の週間予報もはずれるくせに、100年後の気候がわかるのか、という素朴な疑問も、あながち的はずれではありません。地球温暖化論に懐疑的な科学者も大勢いるということを忘れてはいけません。

 それなのにマスコミは、地球温暖化懐疑論は決して取り上げず、温暖化が環境破壊の元凶だと決めつけ、すべての議論を展開しています。これと非常によく似ているのが、少子化問題です。マスコミも社会学者も、少子化が不況などすべての社会不安の元凶と決めつけて、反論は一切無視するという態度を貫いています。私も今回、環境破壊の原因を背広と高校野球のせいにできたことに満足しております。世の中が悪くなったのを自分以外の誰かのせいにするというのは、本当に愉快ですねえ。みなさんも、ぜひお試しください。


今回のまとめ

  • 相田みつをに癒されている間にも、地球環境や社会情勢は悪化しています。
  • 夏の高校野球は、地球環境にとっては不祥事です。
  • 社会学者と心理学者が組めば、世界征服も夢ではありません。
  • 夏の日本で背広を着ていることが、地球環境破壊の原因です。
  • 夏場だけ根室に首都機能を移転すれば、政治家も役人も企業も料亭の女将もしあわせです。
  • 「ムダ」と「経済効果」の意味は、じつは同じですが、ナイショです。
  • 環境問題はEDの3Pのようなものです。

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